大井川通信

大井川あたりの事ども

『白菜のなぞ』 板倉聖宣 2002

「仮説実験授業」で有名な板倉聖宣(1930-2018)が、1994年に学習用副読本として執筆した本を、一般の科学読み物として再刊したもの。新刊当時購入してから、20年近くたってようやく手に取った。

薄いのですぐに読めたが、とにかく面白かった。日本人が白菜を食べるようになったのは明治以降であることを知った著者は、大陸からは何でもどん欲に取り入れてきたはずの日本人が、なぜ美味しい白菜を中国や朝鮮から移入しなかったのか、という問いをたてる。

子ども向けの読み物であるが、白菜の歴史について一番詳しい本と著者が豪語するだけあって、この問いを解く過程は事実に即してスリリングだ。その答えは、白菜は、同じ種であるカブやアブラナと花粉が交配しやすく、すぐにハクサイの特徴を失ってしまうから、というものだ。

明治以前に伝来したハクサイの種は、おそらく日本でうまく育たなかった。明治以降、新たな科学の知識を利用した農業技術者たちの努力によって、白菜の栽培を可能にし、離島で交雑を防ぐ環境を作るなどして、日本産の種を作ることにも成功したのだ。

ハクサイとダイコンはよく似ていても、種が違うから交雑はおこらない。この本は生物における種とは何かを具体的に理解することに役に立つし、大陸と日本との交流史、特に明治以降の近代化の努力について知ることにも役にたつ。

良質な子ども向け科学読み物をもっと読んでみたい、という気になった。そして何より、白菜が食べたくなった。昔僕の実家では、白菜の漬物がよく食卓に出ていたけれど、近ごろはほとんど食べていない気がする。次の買い物の時には、お店で探してみよう。