大井川通信

大井川あたりの事ども

『厄除け詩集』 井伏鱒二 1977

詩歌の読書会で読む。この課題図書を知らされた時、詩の専門家でない文士の詩集なんてと、やや期待外れに思う気持ちもあった。でもこの薄く難しいところのない詩集を実際に読んでみて、出会えてよかったと思えたし、今後愛読していくだろうと感じた。

自分の母親や友人たちとのやりとりを綴り、彼らへの思いをユーモラスに語っている。あるいは若いころの友人を回想して、今は遠くある彼にしみじみと声をかける。真情にあふれながらも、礼節をこころえた大人の言葉が並んでいる。ぶっきらぼうに、実際の経験や不可思議なイメージを投げ出しているだけに見える詩もある。

えんえんと言葉数を増していく気づかいはないし、言葉を刈り込んで凝縮したというふうでもない。これだという言葉を、こんなところだろうと素直に並べている感じだ。

 

峯の雪が裂け/雪がなだれる/そのなだれに/熊が乗つてゐる/あぐらをかき/安閑と/莨(たばこ)をすふやうな恰好で/そこに一ぴき熊がいる (「なだれ」)

 

詩集冒頭の詩。特別いいというわけでなく、短いから引用する。なんてゆるい気持ちになれるのも、この詩集の効用か。ユーモラスだけれども、奇をてらった感じではない。それは、この熊がなにか別の存在のイメージや象徴を担っているわけではなく、熊そのものだからだろう。短詩だけれども、神経質ではない。最後の一行などなくてもかまわない気がする。あってもいいけど。

 

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