大井川通信

大井川あたりの事ども

『日本の歴史的建造物』 光井渉 2021

面白かった。とても面白かった。すみからすみまで勉強になった。僕の読書は、どこか 勉強のために無理しているところがある。生来怠け者だから、読書や勉強が楽しいというわけではないのだ。ただし、(古)建築にかかわる良書だけは、純粋に楽しみとして手に取ることができる。(その割には、この分野でも積読が多いのだけれど)

どこがそんなに面白いのか。今までのこの分野の一般書は、古建築の構造や歴史の解説本だった。あるいは民家や近代建築やモダニズムの建築への入門書だった。それはそれで面白く役にたったのだが、専門家による対象の客観的な解明というスタンスは不変だった。

ところが、この本は、そういう古建築を見る視線自体が歴史的に生成してきたもので、その視線の生成に伴って古建築という対象自体も発見されたものであることを描き出している。建築の歴史を跡付ける視線。どんな建築に価値を見出し、どんなふうにそれを保存するのかという手法。それらは建築本体の歴史よりもずっと新しく、近代になって現れて発展してきたものなのだ。しかも、街並みの保存という新しい分野では、まさに現在進行形である。

著者はいう。「歴史的建造物という存在を発見したのも、それを破壊したのも保存したのも、全て近代という時代の現象ということができる」

この歴史的建造物の発見と保存の物語のなかでは、大岡實(1900-1987)や太田博太郎(1912-2007)などの古建築研究の泰斗たちが、ドラマの登場人物として役割を担って活躍する。子どもの頃から彼らの本を憧れをもって読んできた僕には、これもたまらなかった。