大井川通信

大井川あたりの事ども

『郷原宏詩集』 新・日本現代詩文庫 2013

郷原宏(1942-)は、若いころに、旺文社文庫の『立原道造詩集』や『八木重吉詩集』の解説者として親しんでいた。近年では、お気に入りのアンソロジー『ふと口ずさみたくなる日本の名詩』の選者として的確な批評の言葉に感心させられた。詩は、大昔、探偵をテーマにしたものを一つ読んだことがあるくらいだったけれど、思い切ってこの詩集を購入してみたのは正解だった。

併せて収められた批評やエッセイも面白く、僕の好きな岡庭昇の詩論への鋭い批評もあって力量をうかがわせる。詩作品も解説の荒川洋治が絶賛しているのだから間違いはない。

「未刊詩篇」の中から、繰り返し読みたいと思った詩を引用する。

 

五月の雨が降っている/乾いた歩道を濡らしている/若葉の塵を洗っている/夏の果実を育てている

私は親鸞を読んでいる/親鸞にも雨が降っている/親鸞は雨の中に立っている/雨が親鸞を濡らしている

あの棒のように剛直で/絹糸のように繊細な雨の中に/私は立ちたい/わたしのいちばん深いところを濡らし/その上に積もった塵を洗い流し/私の中に若い果実を育てる/あの白い雨の中に立ちたい

世界に向かう私の視線が/いつも素直で正しくありたい/自分に対しては断固たる糾問者で/他人に対しては全てを許す者でありたい

五月の雨が降っている/雨が私を濡らしている

(「五月の雨」郷原宏

 

突然、書物の中から抜け出してきた親鸞。しかし親鸞は何も言わずに、ただ雨に打たれるだけだ。しかし、その召喚されたイメージを前にしているからこそ、パセティックな信条の告白が素直に引き出されるのだろう。