大井川通信

大井川あたりの事ども

新型コロナウィルスに感染する ⑯(看護師さんたち)

コロナ病棟で、次第に回復してくると、僕はお世話をしてくれる看護師さんたちに、邪魔にならない範囲で声をかけてみることにした。病状が悪いときでも挨拶やお礼の言葉を欠かさないのは自分の意地みたいなところがあるが、いくらか余裕が出て来たあたりのことだ。

一つには、呼吸を使ってリハビリをしたいという素人なりの考えがあった。もう一つは、治療されながら、自分の頭でぐるぐると考えて、形になってきた言葉を、少しでも口にしたいという欲望を押さえきれなかったのだ。最後には、彼ら彼女らがどんな経歴をへて、どんな思いで今この場に立っているのかに興味があった。

看護師さんの忙しい仕事の合間のちょっとした会話でも、衰えた声帯にはリハビリとしての効果はあったと思う。今回の体験を経て自分の考えが変わり、今後やりたいことができたというような話は、若い看護師さんから、この病棟でそういう話をする人はいないと不思議がられた。

この病院は同じ街に看護師養成の専門学校を持っているそうだ。ある程度授業料も安く、奨学金もとりやすい。就職も保障されている。ごく若い看護師さんたちは、この学校の出身者が多いようだった。いつも吉田さんと勉強会をしているファミレスのすぐ裏にそんな学校があることにまるで気付いていなかった。

壱岐出身で、この学校を出て、就職間もないという男性。同期の女性で、唐津出身という人もいた。福岡への就職が多いのだろうと思ってきくと、やはり関西などへ行く人のほうが多いそうだ。県内で高校時代、剣道の選手だったという人もいた。

ホームページを見ると、一般の水準より安いのだろうが授業料もかなりの高額だ。人生の早いうちに、かなりのコストを払って、苦労の多い現場に飛び込む決心をしたのはなぜだろうか。残念ながら、そこまで聞く余裕はなかった。

一般病棟に移ってからの五日間は、僕には退院を待ちわびた日々だったけれど、看護師さんたちの日頃の仕事ぶりを体験するよい機会となった。内科の病棟で、ほぼ全員高齢の方で、何らかの障害をもった人も多い。どんな時間でも、やさしく声かけしながら、手際よく適切に対応していく。専門性と志の高さ。僕も一人の職業人として、頭が下がる思いだった。

こうして16日間の入院、加療によって、僕は命を助けられた。それまで会ったこともない、お医者さんや看護師さんたちによって、僕は終始一貫して、守られ、助けられ、救われる立場だった。初めに何か約束や依頼や交渉をしたわけではない。僕はただ、命に係わる症状で、この病院に担ぎ込まれただけだ。

やはり、無条件で「助ける」「守る」「救う」(同時に「助けられる」「守られる」「救われる」)という関係が、人間が存在することの根本の在り方なのだと実感する。そのことを肝に銘じることができた体験だった。