大井川通信

大井川あたりの事ども

『感じない男』 森岡正博 2005

新刊の当時、ほぼ読了して面白いと思っていた本を再読する。予想以上に引き込まれて一気に読めた。昨日の日本建築史の本もそうだったが、自分が本当に感心がある分野ですぐれた専門家が書いた本を読むことは楽しい。

自分の「中心軸」を探すために行う読書で、この「楽しさ」というのは大切な指標となると思う。つい読書というものを、勉強のための苦行ととらえてしまいがちな僕には、当たり前だけれども大切な視点だ。少なくとも読んで苦しい本は、僕の「中心軸」には触れていない。

男の性の問題を、一般論ではなく「私」を主語に書かれていて、著者も言っているとおり、この本で初めて書かれた事実や解釈も多いだろうと思う。そもそもこんな本は今までなかったのだ。ひどく共感できる部分と、よくわからないながら興味をひきつけられる部分とがあったけれども、全編切ったら血が出るような生々しい記述で、空虚に思える部分はなかった。

男の性の問題は、僕も当事者として今もまだ渦中にあるけれどもブラックボックスに入れてやり過ごしてきている。ど真ん中にあるけれども無意識に「こんなもんだ」ですませてきた。フェミニズムの本などで様々な解釈や価値観を知っても、それが自分の深部に届いているとは思えない。それではいけない、と気づかせてくれる本だ。

大著『無痛文明論』の後に出版された本で、前著の「身体の欲望」と「生命の欲望」という二元論の構想の背後にある、性をめぐる具体的な体験の紆余曲折が描きこまれている。『無痛文明論』の理解への重要な手がかりになると思う。