大井川通信

大井川あたりの事ども

切り株の話(ふたたび)

この夏は、和歌神社の銀杏の大木の下でカブトムシを何匹も見つけることができて、村の鎮守のビオトープ的な機能と、老木の効用について改めて思い知った。里山に入れば、大木が多く残されているが、集落の近くでは目立つ大きな木は数えるほどしかない。

鎮守の銀杏。村境の観音様の隣にあるクスの巨木。水神様の目印の老木は先年の台風で折れてしまった。本村橋のたもとの老樹も根元から伐採された。

今年の夏は、秀円寺の境内にある二本の杉が切られて、二つの切り株となってしまった。真っ白い切り株を見ると、木は健康そのもので伐採する理由がわからない。お寺の門前の田んぼが住宅地に開発されてしまったので、万一倒れた場合の苦情でも入ったのだろうか。

年輪を数えると、目が詰まっている部分があるのでわかりにくいが、ざっと150年は経過しているだろう。明治維新の頃から、この村の歴史を見下ろしてきた杉だ。人間の都合で木が切られるのは仕方がないが、それがちゃちな理由ではあってはならないと思う。

最新の小学校の教科書に、子どもたちが切り株の上に立って老木の思いを想像するという小説があったことを思い出す。僕も切り株の上にのって、寺の境内からしばらくムラをながめてみた。

 

ooigawa1212.hatenablog.com