大井川通信

大井川あたりの事ども

『生まれてこないほうが良かったのか?』 森岡正博 2020

読書会での課題図書。「反出生主義」を扱っていることで、話題となった本のようだ。

僕も『無痛文明論』や『感じない男』を面白く読んでいて、とくに前者はこれから生きていく上での参照軸になりうると思ったくらいなので、この本も楽しみにしていた。しかし、哲学プロパーの議論だとどうも著者のマイナスの面が出てしまうようで、読書会でも思いっきり否定的な意見がでていて、それは僕も共感できる内容だった。

つまるところその批判は、著者が「生まれてこなかったほうが良かったのか?」等の反出生主義的な問いを、「本気で心の底から」(著者がよく使う言い回し)問うていない、ということにある。それが分かるのは、叙述のところどころに著者の「誕生肯定」的な本音が生の形で無防備に顔を出しているからだ。

だから、どんなに反出生主義の系譜を様々な思潮や哲学者に即して検討しても、それは自分の誕生肯定の信念を補強するための手段にすぎなくなる。どんなに精緻な論理も、あらかじめ結論が決まっているストーリーが面白いはずがない。

実は『無痛文明論』でも、著者の信念が検証されないままに確信をもって語られることが多いのだが、異様な迫力と熱を帯びて大風呂敷を広げているために、それが独特の魅力となっている。狭い哲学の領域では、著者の本領が発揮しにくいのではないか。