大井川通信

大井川あたりの事ども

中央と地方 -小川未明小論

以前、松本清張推理小説を読んでいる時、犯行の動機やトリックの背後に中央と地方との距離や格差が、圧倒的な壁として存在していることに気づいた。高度成長期までの日本でそれは当たり前のものだったのだ。

小川未明(1882-1961)の童話を読んでみると、当時の子どもたちの視線にとっても、中央と地方の壁がごく自然なものとして存在していたことがわかる。実態として、地方は中央から一方的に搾取される関係だった。それを橋渡しするのに酷使される「汽車」も彼の童話にたびたび登場する。

「しいの実」では、義雄と澄子姉弟の家に、「田舎からきている」おたけという娘がいる。これだけの説明しかない。今の子どもなら、おたけの正体は謎だろう。当時の子どもたちにとって、田舎の貧しい農家の娘が、都会の豊かな家に女中として奉公にでることは、あたりまえのことだった。

おたけの妹が自分でひろった椎の実を姉のもとに送り、それが義雄の学校友達の間で美味しいと話題になる。澄子が教会のバザー(当時の豊かな家庭の子どもたちにとって教会は今より身近な存在だったのかもしれない)に出品するために、セーターを編む。あまり上手でなかったので売れ残ったセーターを母親が買い取ってあげて、それをおたけの田舎の弟に送ったというお話。

おたけの妹の善意が、回り回ってセーターになって弟のもとに帰ってくる。都会と田舎との間にこんな幸福な円環が成立することが、作者にとって(あるいは当時の子どもたちにとって)望ましい世界だったのだろう。