大井川通信

大井川あたりの事ども

セミヤドリガ その4 -フィクションの試みとして

わたしは、夢の中で、少年の好奇心や幼い推理を楽しんでいた。少年の夏休みの自由研究というもの完成を応援したくなった。わたしはもちろん、ヒグラシやセミヤドリガといった生き物を実際に見たことはない。しかし、夢の中では、林の少し湿った空気や樹皮の匂いをありありと感じていたし、小さな昆虫たちも手を伸ばせばつかめそうなほど間近く存在していた。

わたしの考えはこうだ。

少年が林の中を歩いているとき、多くのヒグラシは、木の幹の低い部分、場合によっては根元付近から飛び立っていた。他のセミなら、もっと木の高いところにとまるだろう。ヒグラシが何らかの理由で、木の幹の特定の部分を好むとしたなら、そこに卵を産み付けることで、幼虫がヒグラシに寄生する確率も高まるに違いない。また、ヒグラシが臆病で、他の生き物の気配で、すぐに場所を移動する習性があるとするなら、いっそう卵の近くに腹を擦り付けてくる可能性が高くなるはずである。

何光年も離れているはずの宇宙船のなかで、わたしはどうやら結論らしきものにたどりついたのだが、残念ながらそれを少年に伝えることができない。

そもそも狭い宇宙船のキャビンに閉じ込められたわたしが、何光年も離れた遠い惑星に住む少年の日常を夢として体験しているのは、いったいどういう現象によるものだろうか。あるいは、記憶を失うまえの私の過去を、いま少しずつ思いだしているとでもいうのだろうか。いくら考えてもわかるはずはなかった。ただ、わたしの見る夢が異様に鮮明になるにしたがって、私が宇宙船を降りる時期が近づいてくるのを予感しないではいられなかった。

そうして、いよいよ、下船の時がやってきた。

宇宙船は、巨大な崖に接岸し、四本の足でしっかりと固定された、そこから長いワイヤーを伸ばすようにして、キャビンがはずれ、深淵のように口を開いた宇宙の谷底へと、ゆっくりと下降していった。

わたしのキャビンは、闇の中に白く輝く繭のような姿で、どこまでも沈んでいく。

 

早朝、僕が林の中に足を踏み入れると、一本のヒノキの前で、銀の糸が宙から垂れ下がっていることに気が付いた。見上げると、銀の糸は、ヒノキの樹上の遠い暗がりから、ゆるやかなカーブを描いて伸びてきていて、足元の草の葉に絡み付いている。目の前の高さ2メートルばかりのところには、糸を伝って、純白の綿菓子のようなセミヤドリガの幼虫が、風に揺れながら少しずつ降りてくる姿があった。

5齢虫の離脱……

幼虫は、やがて地面に達すると、さなぎとなり、成虫の蛾となって、宿主にうまく出会えるように木の幹に卵を産み付けるのだろう。

僕は自由研究のことはすっかり忘れて、この奇跡のように美しい場面をしっかりと目に焼き付けた。