姉が定年退職後にちょうどコロナ禍にぶつかってしまい、家籠りをしている間に、山頭火のファンになっていた。山頭火といえば、父親が好きだったことがあり、子どもの頃父親から教わった記憶がある。
父親は僕と同じ様に熱しやすく冷めやすい人だったから、山頭火熱は長くは続かなかったと見えて、書棚一冊しか持たなかった蔵書の中から、いつのまにか山頭火の本は無くなっていた。
今僕が住む街には、山頭火にゆかりのあるお寺があって、その寺の前の料亭に両親を連れていったこともある。そのときも父親が喜んだような記憶がないから、すでに山頭火熱はさめていた頃だったのだろう。
その料亭は閉店してしまったので、隣りの料亭で姉をもてなす。そのあと、筑豊の山頭火の友人宅あとを車で見に行ったりした。
父親が亡くなって15年がたつ。還暦をすぎて少しくたびれた姉弟が、山頭火の足跡を訪ね歩く姿を、あなたは遠くからどんな風に見ているだろうか。