大井川通信

大井川あたりの事ども

『タダの人の思想から』 小田実対談集 1978

石原慎太郎(1932-2022)が亡くなった。石原は思想的に合わなかったし、それもあって見た目とか態度とかも好きになれなかった。短編を一つ読んだくらい。

ただ、高校時代に出会ったこの本では、小田実(1932-2007)との対談に強烈な印象を受けた。他に宇井純(公害問題の専門家)と野坂昭如(小説家)との対談もあって、どちらも面白かったが、思想や立場を同じくする者同士の息の合った言葉のやりとりだ。

一方、石原慎太郎との対談では、真っ向から相手の意見を批判しあって、お互い一歩も引かない。子ども心にドキドキして読んだためか、今でもやり取りの詳細までが記憶に残っている。僕が自覚的に読んだ初めての「思想書」といえるかもしれない。当時、小田実から相当の影響を受けたつもりでいたが、この対談本以外に彼の本をほとんど読んでいないのは、僕の読書する力の弱さによるものだろう。

対談は、1969年12月の「文芸春秋」に掲載されたもの。半世紀以上の前のものだから、当然当時の時代状況(東西冷戦、ベトナム戦争、高度成長、学生運動)に規定されてはいるが、今読んでも新鮮で、思ったよりもかみ合った議論をしている。

若いころは、小田実の「虫の目」の思想に全面的に共感していたが、小田に「鳥の目」と批判された石原も、別に無謀な主張をしているわけではない。その後の時代の推移を踏まえると、小田の理想主義は、小田の主張程には石原のリアリズムにまさっているわけではないことがわかる。

 

石原「あなたのいうこと、全然間違いだな。政治というのは鳥瞰図だけでも、虫瞰図だけでもできない。二つを四捨五入するところで初めて政治が成り立つ・・・」

小田「四捨五入かね、きみの口からまさにそういう言葉が出てくると思っていたんだ・・・あなたの考えている政治というのは、非人間的政治とでも呼ぶべきもので、僕はそれを政治とは思わない」

石原「それならあなたの念願する政治というのは、いつの時代にも実現できないよ」