大井川通信

大井川あたりの事ども

『「吾輩は猫である」殺人事件』 奥泉光 1996

石の『猫』を読了したので、以前からもっていた奥泉光のこの本を手にとってみる。奥泉光は好きな作家で、彼の小説は読まないまでもかなり集めてある。長いものが多く、たくさんの知識を背景に周到に構築された複雑な筋立ての作品が多いから、読めば面白いのは分かっているが、なかなか手が出せないのだ。

漱石の『猫』のキャラクターが活躍し『猫』の様々な記述が引用されているから、『猫』が好きな読者は間違いなく楽しめる。漱石の『夢十夜』がかなり重要なモチーフになっているのも興味深い。

ただ、たんなる続編ではなく、物語の冒頭から舞台は突然上海へと移り、当地の個性的な猫たちが苦沙弥先生殺人事件について推理合戦を行うという展開は、意表を突いたものだ。犯罪集団のメンバーとして登場する苦沙弥の知友たちは、なんだか原作『猫』の中での人物たちとは思えない。やがて猫をめぐるオカルト科学が語られて、物語の時空がゆがんでいく展開は、まさに奥泉ワールド。

読了度、見事に『猫』を活かしきった作品だとうならされる。時空を超えたストーリーの果てに最後に残るのは、やはり漱石の書いたテクストであり、それを読むことから全てが繰り返し始まるというオチ(と受け取ったが)もよかった。小説の面白さを堪能。