大井川通信

大井川あたりの事ども

とほい空でぴすとるが鳴る

萩原朔太郎の故郷の前橋を訪れた。

少年時代から愛唱している朔太郎の詩には、前橋の風景がよくうたわれていて、実際に目の当たりにするのは、ファンとしてたまらない。

広瀬川は街中を流れる小さな川だが、利根川水系だけあって、その水量がすごい。「広瀬川白くながれたり」の詩句どおり、激しく白く波立っている。

広瀬川のほとりの朔太郎を記念する文学館は、文学館というものの常だが、特に面白い展示はない。岡庭昇の朔太郎論が書棚の目立つ位置に飾られていたのは嬉しかった。大手拓次の特別展を見て、さっさと出ようとすると、館員の人が、からくり人形を見ませんかと誘ってくれる。箱の中の人形たちが、朔太郎の詩の場面を演じるもので、期待はしなかったが、これがなかなかよかった。

二つあるうちの一つは、詩集『月に吠える』から「殺人事件」。

朔太郎風の西洋人のような風貌の探偵の足元に、恋人の死体が横たわっている。血を流した死体の上のきりぎりすが光をはなつ仕掛けもある。突然部屋の壁が左右に開くと、そこが街路となって、噴水のわきに探偵が立つという趣向。では、「みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、/曲者はいつさんにすべつてゆく。」というラストの見事な展開をどう表現するのか。ビルが立ち並ぶ街路の奥に、なんと探偵自身がするすると下がっていくのだ。

これはつまり探偵が犯人であるという解釈なのですね、と感心して口にすると、館員さんも、からくり人形の作者自身もそういっていた、と調子を合わせてくれる。

灼熱の前橋市内を歩き回り、最後にはタクシーで、大渡橋を見ることもできた。橋を渡るタクシーの窓からは、赤城山とそのなだらかなすそ野も。