大井川通信

大井川あたりの事ども

『孤島の鬼』 江戸川乱歩 1930

乱歩の長編の中でも評価の高いこの作品を、僕はまだ学生の頃に読んだ記憶がある。恐ろしくて重苦しい作品という印象だけは強く残っている。なるほど恋人や友人のあっけない死や、たくさんのおどろおどろしい仕掛けがあって、若いころの僕には刺激が強すぎたのだろう。

今読むと、娯楽作品として読める分だけ、思ったより「軽い」印象だった。創元推理文庫では、雑誌連載時の挿絵が全点載せられている。これが雰囲気があってとてもいいのだが、やや漫画的な挿絵が恐ろしさを緩和してしまったのかもしれない。

ただし、ストーリー展開にゆるみはなく、ぐいぐい引き込まれた。特に前半の都会での殺人事件から、後半、絶海の孤島へと舞台を移し、さらにクライマックスで島の地下迷宮が舞台となるという舞台転換の鮮やかさ。推理小説としてもスリラーとしても楽しめる要素を備えている。

途中の様々な思わせぶりな伏線が、最後にはきっちり回収されて納得させられる構成も見事だった。孤島への導入として、蔵にとじ込まれた双生児の稚拙な手記が紹介されるくだりも何とも不思議な気持ちにさせられたし、古風な歌の文句が島での宝探しの手がかりなるというところも後の横溝正史風で趣があった。

探偵役の青年が単に頭脳明晰なだけでなく、生い立ちからの業をかかえて悲劇的な結末を迎えるという設定も小説としても深みを増している感じがする。並みの文学作品には負けないくらい「人間」を深く描けるのが、乱歩の強みだと思う。