大井川通信

大井川あたりの事ども

『民主主義とは何か』 宇野重規 2020

読書会の課題図書。民主主義という概念の歴史をわかりやすく丁寧に論じていて、一読勉強になるという感じ。しかし辛辣にいうと、一週間後に何か残っているかというと、何も残っていないという読書体験だった。

それはなぜか。この本で提出された問いと答えや、様々な歴史上の、または思想家による民主主義像は、あらためて学問の力を借りるまでもなく、僕たちのあたりまえな経験の中にすでに織り込み済みのものだからだ。

トクヴィルのいう民主主義は、たんなる政治体制だけではなく、平等化の趨勢と人々の思考法や暮らし方を含めるものだという解説があるが、実際のところ、僕たちの社会は、すみずみまで民主主義ないしはそれを目指す考え方によって塗り固められている。

僕の人生も生まれたときからすっぽりと民主主義にくるまれていて、それ以外の価値観もそれ以外の社会制度も知らない(想像できない)というのが本当のところだ。僕らの日々の思考や体験が、あるいはこの社会のすべての変容が、あらゆるタイプの民主主義の実験だといっていい。

最後に著者は、民主主義を信じることが大切だ、という。あたかも様々な思想家の所説の検討のあとに、その概念をあらためて外側から信じたり信じなかったりすることができるかのように。

おそらくこの発想は逆立ちしている。僕たちが民主主義を信じるのは、民主的な価値観と民主的な体制の中で生を受けて、そこで何とかじたばたやりくりしてきた経験があるからだ。

これだけ中途半端で不完全な人間というものが寄り集まって、そんなに優れた政治体制などできるわけがない。それでも、不完全な人間同士が何とか折り合って生きていくためには、お互いをできるだけ大切にしあうという原則によるほかない、という明確な気づきがその根底にあるはずだ。

ただ、どのように、そしてどのくらい大切にしあうか、という観点のちがいからこの原則の実際の現れは多様になる。民主主義をめぐっては、その豊穣と混沌とあいまいさの集積から出発するしかないだろうと思う。