大井川通信

大井川あたりの事ども

そうだ田宮虎彦を読もう!

ネット記事で、半世紀も前の『群像』(1974年1月号)に「批評家33氏による戦後文学10選」というアンケート特集があったのを知った。敗戦後30年弱。戦後文学をめぐる論争がまだ熱を帯びていた時代だ。

残念ながらネットでは全員分ではなく、その三分の二を見ることができるだけだ。三島や大江や安部公房といったビッグネームにまじって、田宮虎彦(1911-1988)の名前を見つけて少し意外な感じがした。ちなみに桶谷秀昭が『霧の中』を、川島至が『絵本』を選んでいる。

昔読んだ少年少女向けの文学全集の解説で、吉田精一が田宮を激賞していたのを思い出すが、現代作家でありながら古典中心の岩波文庫に収録されていることを世間の評価の現れとしていたと思う。その岩波文庫も含め、現在田宮の作品を読むことのできる文庫は新刊書店にはない。

死後全集も編まれなかったし、最近読んだ新しい日本文学の概説(『日本近代小説史』    安藤宏  2020)にも田宮虎彦の名前はなかった。どこかで彼の評価が下がるような何かがあったのだろうか。しかし、ある時期までは、戦後文学の一角を担う作家とみなされていたのだ。

久しぶりに田宮虎彦の短編に目を通してみた。『霧の中』と『銀(しろがね)心中』。どちらも印象的なエピソードと情景を巧みにつないで、短い作品の中に、時代に翻弄される人生を描き切っている。緊密で無駄のない文体は美しく、純度の高い感傷を誘う。

やはり良かったので、ネットで全六巻の作品集(1956~1957)を手に入れた。全巻に著者サインが入っているが、広告に「肉筆サイン入」と書いてあるから、出版された全てに署名するのはかなりの手間だったはずだ。それだけ思い入れのある作品集だったのだろう。

各巻が手ごろなサイズと分量で、ゆったりと活字が組まれた紙面で文章を堪能できる。じっくり楽しめそうだ。

 

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