大井川通信

大井川あたりの事ども

『黒住教経典抄』 黒住教教学局 1964

以前、仕事で倉敷に住んでいた長男を訪ねた時、たまたま近くに金光教黒住教の本部があることを知って寄ってみたことがあった。そんなものには興味のない家族とは別れての単独行動だったが。そのとき、黒住教の本部で購入した本。

僕は大井川歩きの経験からも、幕末から明治にかけて生まれた民衆宗教に興味を持っている。歩いていけるフィールド内にも、金光教天理教の教会はあるし、大本教の痕跡をとどめた施設はある。黒住教については、名前が似ているクロスミ様があるけれども実際は無関係だろう。教会があるのは二駅離れた街だ。

金光、天理、大本教は、庶民出身の教祖の経歴に共感しやすいが、黒住教の教祖は神職の武士で、ちょっと堅苦しい感じがする。教団本部のイメージもそのとおりで、古い門前町が広がる庶民的な金光教に比べて、黒住教神道山という山の上の厳かな施設だった。

ただ、実際に手に取ってみると、黒住教の「経典抄」は、さっぱりとシンプルでとてもいい。冒頭に教祖黒住宗忠(1780-1850)直筆の「日々家内心得の事」の七か条と肖像画が掲げられており、あとは教祖の思想的な和歌(御歌)と弟子たちへの手紙(御文)とが、それぞれ百余り。最後に教祖の略年譜がのっているだけである。

黒住宗忠の残した和歌と手紙だけが「経典」なのだ。この和歌と手紙に簡潔に彼の世界観と信条が述べられているだけで、それが一本筋の通った宗教思想を示しているということ以外、およそ「教祖」らしい臭みは感じられない。

僕は、自分なりの多少の勉強の中で、浄土真宗の清澤満之や羽田先生の思想が宗教的なものをもっとも突き詰めていると感じているが、それと同質の思想の核心が説かれているという印象なのだ。

僕が直接の教えを受けたのは羽田先生だが、先生が力強く訴える生命の教えが本質的に思えれば思えるほど、なぜその教えと複雑な経典解釈を学び続ける「聞法」とがセットでなければならないかが不思議でしようがなかった。

そういうものを経由せずに提示された黒住宗忠の歌と手紙を読んで、その疑問に対する答えを得た気がする。きわめて複雑で膨大な仏典を絶対の出発点にするから、そこからさまざまな誤解を回避して、シンプルな真実に至るためには、特別に腕利きの解釈者たちが必要になるのだろう。その能力のない我々は、その腕利きの解釈者の系列が繰り出す言葉と観念のアクロバットにえんえん耳をすまさないといけないことになる。

そうしないと、たとえば、「浄土」がどこか別の世界のユートピアである、そこにいくために特別な修行が必要である、という解釈にたやすく飲み込まれてしまうということだろう。では、それなら黒住宗忠の次の短歌はどうか。

「有無の山生死(しょうじ)の海をこえぬればここぞ安楽世界なるらん」

さらに黒住宗忠は、有無や生死を超えるのは、自分の心が、この世界の本質である神(天地、道)と一体であることを自覚さえすればいいと伝えている。このあたり清澤満之の万物一体論や有限無限論と響きあうところがあるけれども、それをあくまで柔らかい和歌の言葉で示しているところにすごみがある。

 

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