大井川通信

大井川あたりの事ども

『どうぞのいす』 香山美子(文)・柿木幸造(絵) 1981

40年前の絵本だが、僕はすでに出版当時大学生だから、この絵本には縁がなかった。自分の子育てのときにも見た記憶はない。ただ、ずいぶん読み継がれてきたようで、昨年発行の手元の本が137刷となっている。

僕が初めて読んだのは一年前だが、なるほどよい絵本だと心に残った。作者の香山さんが1928年(昭和3年)生まれで、絵を描いた柿木さんは1915年(大正4年)生まれだ。物語も絵も懐かしい雰囲気につつまれている。

子どもの世界に徹底して寄り添っているから、大人向けの要素など微塵もないはずだが、物語にはおだやかで深い思索が息づいている。

工作好きのウサギが、手作りの木の椅子を作ることから物語ははじまる。自分のしるしにと、椅子に小さな尻尾をつけるあたりがいい。ウサギは、椅子を岡の上に運んで、「どうぞのいす」という立札をたてる。岡の上には一本の木がたっていて、そこはみんなが集まる場所なのだ。どうぞお座りください、という意味だろう。

ところが最初に現れたロバが、椅子に座るのではなく、どんぐりの入ったカゴを置いて昼寝してしまったために、物語は思ってもみない方向に展開する。

次にあらわれたクマは、どうぞの意味を誤解してどんぐりを全部食べてしまったかわりにハチミツのビンを置いて帰る。次のキツネはハチミツのかわりに焼き立てのパンを、さらに十匹のリスは、パンのかわりにクリをカゴに入れてかえっていく。

動物たちが食べっぱなしにしないのは、「からっぽにしてしまっては あとのひとにおきのどく」だからだ。ウサギが、自分の知恵と労力を使って「贈与」した椅子の上で、動物たちの「返礼」が続くのは、「互酬性」の社会原理そのままだ。

最後に昼寝から覚めたロバが、カゴの中のドングリがクリに変わっていて驚く、というのが全体のオチになっている。わらしべ長者の物語のように、交換が富に至らないのは、動物たちの社会に利益の概念がないからだろう。

どの画面にも青い小鳥がいて、物語の展開を見守りつつパンをつついたりしているのが、読者の子どもたちの姿のようで、これも楽しい。