大井川通信

大井川あたりの事ども

須恵村訪問記(その4 市房山を遥拝する)

市房山は標高1721mであり、球磨盆地の最高峰としてその東端にそびえている。『須恵村』を読むと、この地方の神聖な山である市房山に関する印象的なエピソードが描かれている。

3月15日と16日には市房山の山頂近くの神社の大祭「お獄(たけ)祭り」があり、球磨郡中から巡礼が訪れる。軍隊に入る前や長い旅に出る前に、人々はお参りして市房山の土を持ち帰ってお守りにする。帰還した兵隊は、この土を山に戻すのだという。

僕は、特に山登りが好きなわけでも、山を神聖視する習慣を持っているわけでもないけれども、こうした聖なる山に関するエピソードには心惹かれるところがあって、実際に現地でそれを確かめたくなる。大井川歩きでランドマークとしての山を意識するようになったせいかもしれない。

あさぎり町(旧須恵村を含む)あたりから、市房山はどこだろうと盆地を取り巻く山々を眺めてみたが、それらしい山はすぐにわかった。一段奥まったところにあって頭一つ高く、ごつごつした峰も神の山にふさわしい険しさを見せている。青蓮寺のお坊さんに聞いたら、やはり市房山でまちがいなかった。

須恵村』の時代にも、山のふもとの支社(下宮)だけお参りする人もいると報告されているが、僕もせめて市房山神宮里宮神社に参拝することにした。里宮は集落の奥にあって、車では細い路地が通りにくい。ただし実際は思ったより規模の大きな神社で、広く信仰を集めてきたためか、参拝者にサービスするいろいろな仕掛けを持っている。

「ミニお獄(たけ)参り」の説明板があって、境内にすえられた「里の石」から「市房山の石」までのわずかな距離を歩くことで、実際の市房山に参拝したのと同じご利益を得ることができるという。それだけでなく、社殿の脇の杉林の間からは、間近く市房山をのぞむことができて遥拝所としての機能も持っている。時代が下がるにつれて、里宮でお参りをすます人が増えたのが想像できる。

年配の地元のご婦人が二人でお参りをしていたので話を聞いてみると、三社参りの一つとしてやってきたとのこと。そのうちの一人は、エンブリーの『須恵村』の記述そのままに、「お獄(たけ)さん」が市房山のことだと知らない様子なのが面白かった。エンブリーも、市房山とは別の神だと思っている人もいると報告しているので。

ところで、旧須恵村の村民にとって、球磨盆地の東の端にそびえる市房山のほかに、盆地の南には白髪岳が控えていて、そこの下宮も信仰を集めている。また、村の境界線付近には北獄(きただけ)と北嶽神社があって、覚井にその分社がある。

村の西方は人吉の町だから、それ以外の東と南北にそれぞれ信仰の対象となる山を擁していることになる。エンブリーが住んだ覚井からの直線距離を地図でざっとひろうと、市房山が20㎞、白髪岳が13㎞、北獄が6㎞ということになる。