大井川通信

大井川あたりの事ども

博多駅前ストーカー事件(事件の現場12)

マスコミの生々しい報道を見ていたせいもあって、この身近に起きた事件の現場を訪ねようという気持ちは起きなかった。週末、博多駅に寄ったのも本屋が目的であって、電車が駅に近づくまで、この事件のことを思い浮かべることもなかった。

駅を降りてスマホで調べると、想像していた飲み屋などの多い繁華街ではなくて、ホテルやオフィスビルの多いところだ。駅前広場から大通りを渡ってすぐの場所とわかると、思わず足が向いた。

窃盗や強盗などが目的の事件や自然災害の場合だと、さすがに今の自分からは距離が感じられる。人間はどんなことでもしてしまうし、どんな災厄を被る可能性があるとわかっていても、自分が加害、被害の当事者になるとは考えにくい。その分、そこで起きた圧倒的な暴力や非日常的な事態に対して、遠くから引き込まれるように反応してしまう、近づいてしまう、ということがあった。

一方、ストーカー事件というのは、ごく日常的な愛情や嫉妬や憎しみが出発点になっている。これらはたやすく亢進し暴走する。それが不幸な事件に行きつくのは、確率の問題であるような気もする。わが身にも起こりうるという近親憎悪から目をそむけたくなっていたのかもしれない。

ともあれ、事件の現場には、たくさんのペットボトルと花束が供えられて、オフィス街の暗い道端に現れた鮮やかな花輪のように見えた。ほんの数日前に突如この場所に穿たれて彼女の命を吸い込んだ暗黒の亀裂をその花輪がふさいでいたのだ。

ビルに挟まれた道を少し歩くと、信号のある大きな交差点に出る。この大通りの下は地下鉄が掘られていて、数年前に突如陥没して道幅いっぱいの大きさの穴が開いてしまった場所だ。しかし、陥没穴は修復されて今は何事のなかったようにアスファルトの交差点が広がっている。今回の事件の現場の傷も、すぐにふさがれてしまうだろう。

僕は近所の横浜家系ラーメンの店でラーメンを食べてから、駅ビルの本屋に寄って、いつもの帰路についた。