大井川通信

大井川あたりの事ども

自由忌に椎名麟三を読む

今日は、椎名麟三(1911-1973)の忌日。ネットで調べると、「邂逅忌」とも「自由忌」とも言うようだが、「自由忌」の方がいいと思う。彼が若い頃に勤めた山陽電鉄にある文学碑には、「考えて見れば人間の自由が僕の一生の課題であるらしい」という自伝小説『自由の彼方』からの言葉が引用されている。

かつて戦後文学の旗手といわれた椎名だが、没後50年の区切りの年にも特に話題になってはいないようだ。ちょうど僕より半世紀前に生まれて、今の僕の年齢で亡くなっていることに気づく。そんな符合にもちょっと気が滅入る。

僕なりの記念として、手元にある古い文学全集の一冊から短編『ある不幸な報告書』(1951)を読んでみた。

終戦後の貧しい5人家族が住むバラックのような小屋が舞台である。一つの建物に押し込められた人たちの人間模様を描く椎名の短編をいくつか読んだことがあるが、この家族にはイデオロギー的な対立はなく、金銭的な対立と暴力が全てだ。

そこに波風を立てるのは、差押えという珍事と、家計調査のバイト学生のおせっかいだ。「一家心中」を切り札に理不尽な支配を続ける父親は、喧嘩の途中で心臓麻痺にかかり死体となって、この家からたたき出される。

家族が、自由とは真逆の「奴隷」(夫婦はお互いに自分が奴隷であることを主張しあう)同士の関係であることを即物的に描いて、どこかユーモラスな作品。「天光教」なる新宗教も登場する。