大井川通信

大井川あたりの事ども

影につかまれる

通勤の途中、駅前のスクランブル交差点を歩いているとき、いきなり、背後から抱き着かれて、左の二の腕をつかまれたような気がして、ぞっとした。

その瞬間、僕の右側をかすめて自転車が追い越していったのだが、その自転車本体の気配に驚いたわけではない。それであれば、右腕が反応するはずだ。

太陽が、右後方で上り始めていたから、僕の影は左前方に伸びて、なんとなくその自分の影に見入っていた。そこに自転車の影が素早く伸びて、僕の影の上を横切ったのだ。長い鞭のようなものが、僕の身体に打ちすえられたように感じたのだろう。

とはいえ、自転車の影が鞭に見えたとしても、それは地面の上の出来事で、現実の僕の身体とは距離がある。二の腕がつかまれた(打たれた)ように感じたのは、ちょうどその時、自分の影と自分の身体との同一視が働いていたからに違いない。

自分と自転車と太陽との位置関係や、影と自分との一体化などいくつもの偶然が重ならなければ起こることがない現象なのだろう。どうりで、今まで経験したことのないような新鮮な衝撃だった。