大井川通信

大井川あたりの事ども

ウチラチに激突する

競馬を観るようになって、独特の専門用語をいろいろおぼえた。今はネットでいろいろな立場の専門家の解説を聞くことができる時代だから、隠語のようなジャーゴンをマスターする機会は、以前に比べたら格段に増えているだろう。

例えば、一つのレースの予想動画や、結果が出た後の回顧動画も各種出ていて、予想の専門家のものも役に立つが、元一流ジョッキーが豊富な実戦経験に裏打ちされた解説を行う動画には、やはりうならされる。

ただ今回は、そんな高度な専門用語ではなく、競馬放送などでよく耳にする基本的な言葉を扱いたい。ウチラチという言葉は、おそらく競馬以外で聞くことはまれだと思うが、競馬放送でよく聞く言葉だ。

聞けば、その前後関係で何を表すかはわかりやすい。まずはウチとソトだが、四つのコーナーの角を落とした長方形のような競馬場では、内側を走る方が距離が短く効率的だ。しかし当然前には別の馬たちが走っているから、それを抜くためにはウチを突くが,ソトに出すかする他ない。

しかし、内側には白い柵が続いているから、サイウチ(最内)にはスペースがない場合が多く、無理してこじ入れるとウチラチに激突する場合がある。ソトに出して広いスペースを使って抜くのが安全だが、コーナーではかなり大回りになるので、よほど自力が抜けた馬でないと勝つことができない。

ラチ(埒)とは、柵や囲いのことで、もともと馬を飼う場所の柵が発祥の言葉らしい。この言葉があらためて気になったのは、哲学者廣松渉の本を再読していて、「埒内」(ラチナイ)という言葉を多用していることをあらためて発見したからだ。

廣松の主要な仕事は、近代的な世界観を超出して、ポスト近代の世界観を示すことにあるから、何が近代的な発想法の枠内=範囲内であるかを問う場面が頻発する。その場面で、廣松は「埒内」という用語を好んで使うのだ。

こうして、競馬と廣松哲学とが思いがけずつながることになった。するとここでラチ(埒)という言葉が、自分の日常の語彙の中にもあることに気づく。

ラチがあかない、という言葉だ。辞書で調べると、埒が明かない、と書く。物事の決着がつかないという意味はなじみがあるものだが、「⦅馬場の周囲の柵の意⦆物事の、それ以上はこえられない範囲、限界」という辞書的な定義からしても、そういう範囲がはっきりしない(明らかにならない)、という意味であることは了解できる。

競馬場にも、コースの内と外にウチラチとソトラチとがあるように、「埒内」に対して「埒外」という言葉があることを教えられる。しかし、ラチという綴りから真っ先に変換されるのは「拉致」の方だ。「(いやがる者を)無理に連れていくこと」という定義のこの言葉が、これほど一般化したのは、やはり政治的な拉致問題が話題になって以降だろう。

 

廣松渉と馬との間には、彼が少年期に過ごした柳川蒲池が馬喰(ばくろう)の多い土地だったという因縁もある。