大井川通信

大井川あたりの事ども

6月の忌日

6月に入ると、いろんな人の忌日が続いて、息が抜けない。6月4日は子どもの頃からなじみ深い姉の誕生日だが、その前日が、母の忌日となった。姉からしてみたら、自分の還暦の誕生日の前日に母親が目の前で亡くなったのだから、たまらなかっただろう。

母の晩年、病気で元気がなかったときに、思わず、僕も遠からずあの世に行くからわずかの後先だよ、と変な励まし方をしたのを覚えている。僕がコロナ禍で命を落としていたら、実際に数年の違いになるところだったが、いずれにしろ、両親が近くにいることをこのごろますます感じるようになった。

6月5日は、大井でお世話になった吉田弘二さん(ひろつぐさん=ひろちゃん)の亡くなった日。今年は「大井川ガイドブック」の作成にあたって、ひろちゃんの生き方からもう一度学びなおしたいと計画している。

6月6日は、私淑する清沢満之の忌日。宗教という点では、僕の原点となるような思索者だ。続いて6月7日は、近代日本を代表する哲学者西田幾多郎の忌日。

6月9日は、義母の命日。晩年同居したいたものの僕は義母にずいぶん冷たかったと思う。そのことから目をそむけてはいけないと思う。

少しはなれて、6月12日は、ナンシー関の忌日。同世代のナンシーが40歳で亡くなったことの意味と、僕がそのあと生きのびていることの意味を問い直すための日だ。命日が近づいたためか、僕のブログでもナンシーについて書いた記事が多く読まれるようになってきた。検索ワードの組み合わせでは、僕のブログが上位に表示されるためだろう。小さな文章だが、僕にとっては渾身のナンシー論なのでうれしい。