大井川通信

大井川あたりの事ども

冨士見通りの景観

3月に東京に帰って、実家のあった国立の駅前を歩いているとき、冨士見通りの異変に気づいた。駅前ロータリーから西に伸びる冨士見通りは、富士山にまっすぐに向かっていて、天気さえよければ突き当りに富士の雄姿を見ることができる。ところが、その時ふと見やると、道沿いに建設された遠くのビルのために、富士の姿は半分以上隠されていたのだ。

僕は中学時代の国語の先生から、冨士見通りを題材にした草野心平の詩を教わった。大人になってから初めてその光景を意識して、それを写真にとり短文にまとめたりした。それが知り合いの手によって、現代美術の展覧会に展示された。

こんなふうに僕にはいろいろな思い出のある景観だったから、それがふさがれたことには愕然としたが、一方でそんなものだろうという諦めの気持ちもあった。大学通りや駅前ロータリーの景観も高層マンションの林立ですっかり損なわれている。街のシンボルといえる駅舎でさえ失いかけたのだ。もう実家もなくなったし、国立から足をあらうきっかけになるような気がした。

ところが今日、ネットのニュースでびっくりするような進展を聞くことになる。マンションを完成させたハウスメーカーが、販売前に突然解体を宣言したというのだ。景観や日照権で住民の反対運動は継続していたが、法令上も手続き上も瑕疵のない状態での自主的な判断なのだそうだ。

メーカーのトップが、実際に冨士見通りに立ってみて、遠方からの富士の景観に配慮が足りなかったことに気づいての判断なのだという。数十億の損害となるだろうから、額面通りの説明は受け入れがたい。「関東の冨士見100景」に選定されていることも多少は影響したのだろうが、よくわからない。

だから何かに文句をつけるのが商売の「識者」たちからは、さかんに批判めいたコメントが発信されている。経済原則やコスト感覚に反することは彼らには気持ちが悪いのだろう。だだできれば静かに見守っていてほしい。せっかくのありえない逆転劇なのだから。街で守るべきものが、守られる。それだけの当たり前でまっとうなことなのだから。

 

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