大井川通信

大井川あたりの事ども

『プレイバック』 レイモンド・チャンドラー 1958

読書会で初めてハードボイルドの名作を読んだ。面白かったので続けて同じチャンドラーの私立探偵フィリップ・マーロウものを読む。今度は村上春樹訳を読みたかったのと、薄いものにしたかったので選んだのだが、どうやら世評はあまり高くない作品だったようだ。

ところが、どうして、十分面白かった。マーロウが尾行を依頼された女エリザベス・メイフィールドは何者なのか、という謎解きがストーリーの本筋にあって、日時も場所も限定されており登場人物も少ないから、読みやすかった。

村上春樹も解説に書いているが、短い展開の中で女性との情事も複数あり、マーロウらしくないのかもしれないが、飽きさせない。最後に『長いお別れ』のお相手リンダ・ローリングが、その後の消息を語ってくれるのは、前作の読者にはうれしい。

そのつどマーロウの前に立ちはだかる登場人物(同業者の探偵、ホテル宿泊の富豪老人、ホテルのオーナー等)は、くっきりとした個性があって面白いし、骨のある警察署長が出てくるのも、ホッとする展開だ。これらは全て、この作品の原型が映画のシナリオ(実際に映画化されなかった)だったことによるのかもしれない。

この作品でも、各章で決め台詞がでてくるが、待ちくたびれるのはやはり例の「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」というセリフだ。出てきたときには、ここなのかとカタルシスを感じたけれど、この台詞だけでなく春樹訳は全体的に柔らかく角かどがとれた印象なのかもしれない。

小説の苦手な僕は、同じ小説を繰り返し読むことはめったにないが、この作品はもう一度よんでみたいと思った。