大井川通信

大井川あたりの事ども

古銭を買う

僕には、ストックブック一冊分のささやかな古銭のコレクションがある。小学生の頃通った「国立スタンプ」で、わずかな小遣いで買いあつめたもの。その後、立川の中武デパートの古銭屋で、思い出したように手を出したもの。それに、母方の実家のおじさんからもらったものが中心で、価値のあるものなんかはない。

今の家では、少し離れたショッピングモールに、金券や切手の他、古銭も売っている店があるが、通りがかりにこっそりショーケースをのぞくくらいが関の山だった。

ところで、先月の読書会で林芙美子の「風琴と魚の町」を読んだときに、当時の小銭が出て来る場面があった。尾道の露店で、タコの足の揚げ物をねだる芙美子に、母親が財布の中身を手のひらに出して見せる。そこには赤い銭(銅貨)が二、三枚しかなくて、白い銭(銀貨)がないからタコの足は買えないと説明する。あとで父親の薬の行商がうまくいくと、白い銭をたくさんもってかえってくる。

自分のコレクションを確かめると、一銭銅貨と10銭白銅貨は、どちらも大正の終わりの発行年だから、芙美子一家が尾道に移住した大正5年に使われていたものではない。それがなんとなく不満だった。

ショッピングモールの古銭屋で、このことが僕の背中を押した。店員に声をかけると、古銭を並べた薄い木のケースやファイルブックをいくつも見せてくれる。想像より充実した在庫だ。小説の資料を集めるという名目があるから、知識の乏しい僕も堂々と品定めできる。

こうして、大正5年の10銭、大正元年の50銭という二種類の銀貨と、明治13年二銭銅貨を手に入れた。銀貨は、芙美子が見た100年前の白い輝きそのままだ。