大井川通信

大井川あたりの事ども

詩と詩論

『小林一茶』 大谷弘至 2017

昨年11月東京に行ったとき、たまたま八王子に寄った。八王子は20代の数年間、塾講師として働いた街である。八王子の駅前から放射状に伸びる道を以前塾の有ったビルのあたりまで歩いたけれども、懐かしさや親しみをあまり感じなかった。人間の記憶にも体験…

『詩集 言葉のない世界』 田村隆一 1962

新年早々、北九州連続監禁殺人事件のドキュメントを読むやりきれなさから、思わず手にとった詩集。わずか十篇の薄い詩集が、半世紀以上を経て2021年に再刊されており、昨年、帰省中の国立増田書店で手に入れた。この十篇は、田村隆一のいろいろなアンソロジ…

山村暮鳥の詩を読む

忌日をきっかけにして文学者の作品に親しもう、と計画したもののこれは意外と難しい。先月でも、白秋(4日)も一葉(23日)も三島由紀夫(25日)もスルーしてしまった。 今日12月8日は、山村暮鳥(1884-1924)の命日だから、詩集を取り出して読んでみた。今…

『郷愁の詩人 与謝蕪村』 萩原朔太郎 1936

岩波文庫の出版が1988年11月で、その翌月の12月26日に読了したとのメモ書きがある。父とこの本について話した記憶があるから、おそらく父も若い頃に読んで感銘を受けた本だったに違いない。朔太郎節全開の評論だから、朔太郎好きにはたまらないだろう。 蕪村…

『換気扇の下の小さな椅子で』 清水哲男 2018

今年になって、詩人清水哲男(1938-2022)の訃報に接した。3月7日のことだ。僕は弟の清水昶(あきら)の詩が好きだったし、彼の初期の詩も面白いと思っていたので、多少の好感を持っていた。ただ、たまたま古書店で購入した中年になってからの詩集が、何か…

『近世俳句』 暉峻康隆 1954(学燈文庫) 

学燈文庫は、学燈社から出版されていた、国語の学習参考書のような文庫だった。地味な黄土色のカバーで、俳句や短歌、現代詩(僕はとくに『現代詩の基礎学習』のお世話になった)の丁寧な解説書の他、漱石や芥川などの近代文学や徒然草などの古典の解説もあ…

『八木重吉詩集』 郷原宏編 ( 旺文社文庫 1978)

十代の終わりの頃に買った詩集。親切な解説や注釈付きで近代詩人を読めるから、重宝していた旺文社文庫の一冊。還暦を過ぎた自分が、同じ詩集を手に取るなど想像もしていなかっただろう。 今日は、八木重吉の命日。この40年の間に何度か読み直しているはずだ…

「秋の祈」の覚え方

秋は喨喨(りょうりょう)と空に鳴り/空は水色、鳥が飛び/魂いななき/清浄の水こころに流れ/こころ眼をあけ/童子となる 多端紛雑の過去は眼の前に横はり/血脈をわれに送る/秋の日を浴びてわれは静かにありとある此(これ)を見る/地中の営みをみづか…

ひさしの上は何がある?

読書会のために蕪村の句を選んでいたら、こんな素直な喜びの句が、やはりいいと感じた。バードウォッチャーとして、鳥の句を一つは選びたいというのもあって、それならこれかなと。 小鳥来る音うれしさよ板庇(いたびさし) 蕪村 小鳥は秋の季語だそうで、な…

月天心貧しき町を通りけり  与謝蕪村

あまりにも高名すぎるかもしれないけれど、昔も今も蕪村で本当に好きなのはこの句である。あと「葱買うて枯木の中を帰りけり」も。実にすっきりした調子で、両句とも、暮らしの中で「歩く」場面をフォーカスしているのがよいのではないかと、大井川歩きの実…

楠の根をしづかにぬらす時雨かな  与謝蕪村

俳句を多少読んでいたのは、中高生の頃や、せいぜい大学生の頃だったから、今になって読み返すと、これまでの経験のおかげで理解が深まるということがある。これは何も人生経験というような大げさなものではなく、単純な自然に関する知識の増加に基づくもの…

伊藤桂一の「風景」

竹藪で誰かが竹を斫(き)っている/竹は華やかな叫びをあげて大げさな身振りで仆(たお)れてゆく/そのあと 天がますます明るくなる/これから斫(き)られる竹は身を寄せあい/羞(はずか)しげな含み笑いを交しながら/なぜだか嬉しそうに順番を待ってい…

いづこより礫うちけむ夏木立 与謝蕪村 1769

詩歌を読む読書会で、蕪村(1716-1783)の句集が取り上げられることになった。子どものころから蕪村が好きで、背伸びして全集第一巻の全句集を購入した僕にはありがたい機会だ。けれど課題図書である角川ソフィア文庫版句集所収の1000句を検討する余裕はと…

二人の山本太郎

つい先日、詩歌を読む読書会で、詩人の山本太郎の話が出たと思ったら、通勤途上の路上で、山本太郎来る、のビラをもらった。こちらは、政治家で元タレントの山本太郎だ。 大学生の頃、現代詩を読み始めたころ、山本太郎(1925‐1988)の影響を受けた。現代教…

「痕跡を消せ」 ブレヒト 1926

仲間とは駅で別れろ、/朝、街にはいるとき上着のボタンをきちんととめろ、/ねぐらを探せ、たとえ仲間がノックしようとも、/開けるな、いいか、ドアは開けるな、/それよりまず/痕跡を消せ! ハンブルクであれどこであれ、親に出喰わしたら/そしらぬ顔で…

「都会人のための夜の処方箋」 ケストナー 1930

どのバスでもいい、乗りこむこと。/いちど乗りかえてもかまわない。/行先は不問。いずれわかってくる。/ただし、夜を厳守すること。 いちども見たことのない場所で/(当件にはこれが必須の条件)/バスを降り、闇の中に/身を置くこと。そして待つこと。…

九大病院の長塚節

九州大学医学部病院というと、ドグラマグラの舞台になったり、生体解剖事件が起きたりしたなど、おどろおどろしいイメージがあるけれども、最近、知人から、歌人で小説家の長塚節(1879-1915)の終焉の地であることを教えられた。 長塚節の代表歌集が『鍼(…

漱石の句を読む

読書会で岩波文庫の『漱石俳句集』を読んだ。 順番に一つ作品を選んで感想をいい、参加者全員からコメントをもらうというやり方(これを三巡する)の会だから、自分が一ネタをしゃべれるだけではなく、各人それぞれの読み方ができるふくらみをもっていること…

郷土望景詩三篇

萩原朔太郎のエッセイ『芥川龍之介の死』には、朔太郎の「郷土望景詩」を朝の寝床で読んだ芥川が、感動のあまり寝巻のままで朔太郎の家に押しかけて来た顛末が書かれている。それは朔太郎自身が「鬱憤と怨恨にみちた感激調の数編」と呼んだものだが、これだ…

詩を選ぶということ

4年前に詩を意図的に読み続けようと決意して、ちょうど3年前から詩歌を読む月例の読書会に参加するようになった。近ごろになってようやく、詩集を手に取ったり、詩を読んだりすることに抵抗がなくなってきた気がする。 他人の作った詩がわからないのは当た…

大手拓次を読む

学生時代、熱心に詩を読んだり書いたりしていた頃、大手拓次(1887-1934)の存在が気になっていた。今回読み返してみても、詩作品そのものが印象に残っているわけではない。生前に詩集を持てずに不遇だったことや、ライオン歯磨きの会社員をしながら女性職…

とほい空でぴすとるが鳴る

萩原朔太郎の故郷の前橋を訪れた。 少年時代から愛唱している朔太郎の詩には、前橋の風景がよくうたわれていて、実際に目の当たりにするのは、ファンとしてたまらない。 広瀬川は街中を流れる小さな川だが、利根川水系だけあって、その水量がすごい。「広瀬…

あかるさの雪ながれよりひとりとてなし終の敵、終なる味方

『新・百人一首』からさらに一ネタ。 三枝昂之(1944-)の歌。60年代の「政治の季節」を背景にしており、終(つい)の敵も味方もいない孤立の深さを流れる雪の明るさが際立たせている、ということかもしれないが、敵味方を峻別する政治思考をリアルに感得で…

スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学

『新・百人一首』からもう一ネタ。 永田和宏は、細胞生物学の京大名誉教授でもある著名な歌人だが、この代表歌について裏話をしている。「星の動きなどを記述する美しい古典力学に憧れて物理学に入ったのに、量子論となるとまったく理解できない。早々に物理…

『新・百人一首』 岡井隆・馬場あき子・永田和宏・種村弘(選) 2013

「近現代短歌ベスト100」が副題の文春新書。 すぐれた短歌を味わいたいと思って手に取ったのが、一読、正直なぜこんな歌が選ばれているのだろうと不可解に思う事も多かった。一方、以前から知っている歌については、なるほど素晴らしいと了解できた。 おそら…

寺山修司の三首

詩歌を読む読書会では、課題図書の中から三作品を選び、順番にそれを披露していくことになる。他の参加者も、それについてコメントを求められるから、参加が5人でも、合計15作品について、すべて自分なりの批評を加えることになる。これにはかなり鍛えられる…

カミソリの下

詩歌を読む読書会で、寺山修司の歌集をあつかう。昨年末ベンヤミンからの連想で寺山修司のエッセイを読み返してみたり、競馬のマイブームにより寺山の競馬論に手を出したりしていたところだったので、ベストのタイミングだった。 まずは、ずいぶん昔からもっ…

対訳『ディキンソン詩集』 アメリカ詩人選(3) 1998

今回の詩歌を読む読書会は、この岩波文庫が課題図書。僕は翻訳詩が苦手で、ほとんど読んだことがないし、たまに見たとしてもそこに「詩」を感じたことがない。 今回外国の詩が課題図書に決まり、困ったことだと思いながら読み出したら、意外にも面白かった。…

「春の寺」 室生犀星 1914

うつくしきみ寺なり/み寺にさくられうらんたれば/うぐひすしたたり/さくら樹にすずめら交(さか)り/かんかんと鐘鳴りてすずろなり/かんかんと鐘なりてさかんなれば/をとめらひそやかに/ちちははのなすことをして遊ぶなり/門もくれなゐ炎炎と/うつ…

詩集『動詞』から(続き)

高橋睦郎(1937~)の動詞の連作は、たぶん学生の頃、その一部が雑誌のバックナンバーに掲載されているのを見て知ったのだと思う。後に現代詩文庫のなかに、詩集の一部が収録されているのを見つけて、読み返した。 昨日は、哲学的な問いの結晶みたいな作品を…