大井川通信

大井川あたりの事ども

金光教

取次と理解

金光教で分かりにくいのは、神様への取次ということだろう。氏子の願いを神様に届けることはわかる。その結果、おかげを受けるということも、おかげをどう解釈するかにもよるが理解できなくはない。 しかし取次は、一方通行のものではなくて、神様からの言葉…

行橋詣で(2024年6月 上半期感謝祭)

教会の信奉者の人たちと初めて親しく話をすることができた。昭和二年生まれの96歳の女性も遠方からバスで来られたという。長年の信奉者たちの前で、井手先生のお話もしたしげだ。直会のスイカのおすそ分けをいただき、ひとまず散会。 食事後の一時過ぎにお訪…

傘一本

朝の通勤電車はたいてい立っている。偶然前の席があけば座れることもある。夕方は一般の通勤客より少し早い時間なので、途中からでも座れる確率は高い。いずれにしろ40分程度の乗車時間だから、特に困ることはない。 今朝、つり革につかまって本を読んでいる…

『神様の涙』 渡辺順一 2012

金光教徒社の「みち」シリーズの一冊。このシリーズを読むのは3冊目だが、読み応えのある本ばかりだ。すっきりした新書サイズの装丁もよい。 第一部では、著者は自分史を振り返りながら、金光教の神とその出会いを率直に語っている。短いが魂のこもった文章…

『金光大神論の課題』 島薗進 2004

島薗進は高名な宗教学者であって、金光教の理解も深く、いくつも論文を書いている。今回初期の「金光教学と人間教祖論」(1979)を読んですいぶん勉強になると当時に、やや腑に落ちない部分もあったので、おそらく見通しがよくなるだろうと思って比較的新し…

行橋詣で(2024年6月)

初めて月例祭に参加する。たまたま訪問日と重なったのだが、正装した井手先生の祭礼での立ち居振る舞いに触れて、身が引き締まる思いだった。いつもしていただいている個人的な礼拝との違いは、祭礼では先生がこちらをむいて立教神伝を読上げる場面があり、…

行橋詣で(2024年5月)

黄金週間後半の最初の日に「感謝」の銘柄の焼酎を携えて行橋を訪問する。 前回、研究や論文化について大言壮語してしまったので、この間の経緯を報告することになる。どうあげ先生やゴロリ先生からのアドバイスを受けて、やはり自分が誰かに助けてもらいたい…

行橋詣で(2024年4月)

年度末と年度初めの多忙さで、自分自身と自分の暮らしの矮小さにあらためて気づかされる中、気を取り直して、新年度最初のお参りにでかける。国東半島の両子寺の有名な仁王像の誕生年が金光大神と同じ文化11年(1814年)であることの縁で、寺で売られていた…

『『金光教経典』物語』 福嶋義次 2019

大矢嘉先生の文章に教えられて、福嶋義次(1934-)を読んでみようと思って手に取ったのだが、良い本に出会ったものだと思う。自分史にからめて経典再編の経緯をたんたんと書いた本で、あっさり読めてしまうが、僕にとってはある意味で高橋一郎の本とおなじ…

おかげと取次

半年ぶり以上に、地元の金光教会にうかがって津上教会長と話をする。ちょっとしたきっかけだった。近所の酒屋で「感謝」という銘柄の焼酎の小ぶりのボトルがあったので、行橋の参拝用にと思って購入したときに、同じものをもって地元の教会に行こうと思いつ…

行橋詣で(2024年3月 再び)

隣町の苅田に仕事で出かける用事があったので、その帰りに同僚の車で教会の近くまで送ってもらう。前回から10日程度しか経っていないが、東京旅行をはさんでいるせいか、話題には事欠かないし、心境の進展もある。東京みやげのどら焼きをお持ちする。 大矢嘉…

行橋詣で(2024年3月)

以前は特急を行橋で降りそびれたことがあったが、今回は、別路線にいく電車に乗り間違えてしまい、気づいたら見慣れない山間部を走っている。よく見たら古びたワンマン車両だ。のどかな無人駅で降りて折り返しを待つことになった。 日曜日の商店街は相変わら…

行橋詣で(2024年2月 再び)

先週は井手先生がご不在だったので、今週またお伺いする。一つには、本日が先生の誕生日なのでお祝いをすること。新年に提出した金光教レポートの一頁目の日付がたまたま昨年の今日だったことに先生が少し驚かれて、それでたまたま誕生日を知っていたのだ。…

大地と霊性と金光教

「天日はありがたいに相違ない。またこれがなくては生命はない。生命はみな天をさしている。が、根はどうしても大地に下さねばならぬ。大地にかかわりのない生命は、ほんとうの意味で生きていない。天はおそるべきだが大地は親しむべく愛すべきである。大地…

行橋詣で(2024年2月)

いつもより早めだが、二月は逃げるというので、三連休の中日に行橋に向かう。今回は初めて井手先生が不在だった。ただ、広前には先生の奥様が出てきて座ってくださる。奥様とのエピソードはいろいろお聞きしていたので、いつかはお話をしたいと思っていたと…

奇蹟を理解する

人生の中で「奇蹟」と思えることは、超自然的な現象というものより、得難い人との出会いだろう。誰でも友達を6人たどれば、全世界の人に行きつくという現象(スモールワールド現象、6次の隔たり)こそ、その奇蹟の客観的な表れである。 多くの人は、日常で…

行橋詣で(2024年1月)

小雨の中早朝から家を出て、前回のようなドタバタはなく、午前9時過ぎに教会に着く。先生はちょうどご先祖の奥津城(墓所)にお参りにいこうとしていたところだった。地元では一番美味しい「宗像最中」を持参。井手先生は物々交換とつぶやいて、別のお菓子…

行橋詣で(2024年初詣)

いろいろばたばたして、10時半近く教会に着く。井手先生はスーツ姿だから外出の予定があるのだろう。しかし一時間くらいは話ができるそうで、ほっとする。 お供えの日本酒「剣菱」を奉納すると、井手先生が、あなたとは不思議なことがあると感心される。どう…

行橋詣で(12月)

ようやく風邪も抜けかかる中、小倉で時間調整して、午後一番に行橋へ。周辺のお寺や神社などに寄り道してから教会に着く。クリスマスに合わせたわけではないが、赤ワインならぬ赤霧島を持参する。 井手先生は、午後二時から出かけるとのことで、一時間みっち…

金光教東京学生寮に頭を下げる

東京を出立の日の朝、国分寺駅前の姉のマンションを出て、朝の散歩をする。この旅行期間中風邪が抜けなくて、思うように予定はこなせなかったが、今朝はなんとかいい気分で朝歩きを楽しめそうだ。 駅からは、早稲田実業の生徒たちと一緒になる。昔は大学の近…

通勤電車で金の光がひらめく(収束編)

金光教では、教祖金光大神のふるまいは、天地の神(天地金乃神)と人間(氏子)との間を取り次いで、氏子を助けることにある。この取次は、氏子の困難(難儀)に応じて、個別具体的に行われる。 信者たちは、教祖金光大神をモデルとして、氏子を天地金乃神へ…

通勤電車で金の光がひらめく(放射編)

今年になって金光教の勉強をし出して、いろいろな事がわかってきたが、まだ十分に理解できたという気にはなれない。 僕の宗教理解が進んだのは、20年近く前に今村先生の手引きで清澤満之に出会って以来だが、その後羽田先生をはじめとする真宗の近代教学の教…

行橋詣で(11月)

昨日までなんでもなかったけれど、朝起きると身体が重い。今日は行橋に行ってその帰りに夕方折尾で詩歌の読書会に参加する予定だったが、夜の日程をこなすのは無理だろう。行橋ももし向こうに着いたときに体調が悪いのであれば、長崎のお土産だけをおいて帰…

『われを救える教祖』 高橋正雄 1933

井手師から8月に推薦された書物で、すぐに手に入れていたのだが、読み終えるのにずいぶん時間がかかってしまった。同じ時に推薦された高橋一郎の『求眞雑記』と『金光教の本質について』を感激して即座に読み終えてしまったのとは対照的だ。これは本書が読…

『求眞雑記』を再読する

高橋一郎師の『求眞雑記』は、出会ったばかりの井手先生からすすめられて、まっさきに取り寄せて読んだ本だ。昭和32年発行の小冊子で、今ではネットの古書店をあたっても手に入れるのが難しい本だ。 運よく手に入れて読んでみると一気に引き付けられた。金光…

行橋詣で(10月)

前回からの3週間は、ばたばたしていて落ち着いて金光教に取り組むことができなかった。それで、宿題をやっていない生徒のような気持ちで行橋に向かう。 高橋一郎先生の『求真雑記』を読み返すと、心が落ち着いてくる。日豊線にのりかえると景色が一変するよ…

『生き神の思想史』 小沢浩 1988

2010年に岩波人文書セレクションとして再刊されたもの。副題は「日本の近代化と民衆宗教」。小沢浩(こざわひろし 1937-)氏の本では、『国家神道と民衆宗教』がよくまとまってわかりやすく、僕が金光教に好感をもったのもこの本の記述の影響が大きい。 し…

行橋詣で(9月)

雨なので、帰省中の長男に駅まで送ってもらったが、小倉駅の古本市で時間調整して、昼過ぎに行橋駅に着いた時には晴れていた。夏のような日差しのなか、教会に向かう。 街道から細い路地をのぞき込んでも、直接教会の建物が見えるわけではない。今年の3月に…

なぜ高橋一郎は曽我量深を慕ったのか?

高橋一郎師のエッセイを読むと、浄土真宗大谷派の曽我量深の元に教えを聞きにいっている記事がある。当時大谷派で崇拝(神格化)されていた碩学に、いかに金光教の気鋭の教学者といえども気おくれしたはずだから、何度も足を運ぶという背景には、深い共感や…

行橋詣で

朝から、行橋の井手師を訪ねる。本当は月に一回のつもりだったが、紹介していただいた高橋一郎師の二著があまりによかったので、その報告がしたかったのだ。 昔を思い出しながら炎天下の市街地を歩き、教会に着いたのは10時半くらいだった。井手師は「朋あ…