大井川通信

大井川あたりの事ども

モノの話

見たくないものは見ないで捨てる

持ち物の中には、様々な過去の記録がある。その当時は、ぜひ残したいと積極的に判断していたものもあれば、自分にとっては苦痛な出来事の記録でも、いずれ役に立つことがあるかもしれないと保存しているものもある。 若い頃に書いた手紙の原稿などは、今では…

老前整理で持ち物を考える

今回、ここ何十年で記憶にないくらい徹底的な持ち物の整理をしている。きっかけは、コロナで死に直面した体験だけれども、それ以降、整理の手がとまらなくなったのは、別の原因が大きい気がする。 それはおそらく、僕が新しい仕事や生活を始めようと考え、そ…

10年日記の効用(その3)

こうして自分の50代の日々を通覧できる資料が手に入った。「仕事大全」のファイルも同じだけれども、そのずっしりとした重みを味わって、何度もぺらぺらとめくったりして、一冊へと物質化された時間を素手の感覚で扱うことが重要だ。僕たちがこうした作業抜…

10年日記の効用(その2)

今年はいろいろな意味で区切りの年になりそうだが、ちょうど自分がつけている10年日記の最後の年になる。 日記は、小学校の低学年の時から中学生まで、父の勧めで、というより完全に強制でつけさせられた。小学生の間はときどき父親がチェックして、つけて…

新聞をやめる

今年度は定年退職の年で、それなりの感慨はあったけれども、あと5年間は生活のために同じような仕事を続けるつもりでいた。ところがコロナ体験で、この貴重な期間をもっと別のことに使いたいと思うようになった。 そうなると今の仕事とは、あと九か月で完全…

老前整理を始める

コロナ療養でホテルに入る前、最低限これは残したくないと思いついたモノの処分をした。ホテルで気にかかって、長男に書き残したメモの大半も、自分のモノの保存や処分に関することだった。生命の危機に遭遇すると、自分と所有物との間には、ごく一時的な関…

三浦小平二のぐい呑み

ネットオークションで、なんとか落札した「ぐい吞み」が届く。高価な陶芸品を買うなんてことは初めてだし、この先もないだろう。 「染付アフリカ風景」と箱書きされた小さなぐい呑みで、牛二頭と遠い山並み、流れる雲が青絵具で素朴なタッチで描かれているだ…

コラムシフトの快楽

自宅の駐車場で車の車体をこすってしまい、修理工場の代車にしばらく乗ることになった。トヨタの何とかという車で、おそらくミニバンという車種の小さいものだろう。車内の空間が広々としていて、車高が高くのりやすい。 シフトレバーの位置が、運転席の隣の…

駅舎の椅子

ようやく国立駅の駅舎も駅前ロータリーに復元されたようだが、コロナ禍で東京に行く機会もなくなったので、まだ目にしていない。ただ、復元途中の様子から、実際の駅舎として使われるのではなく「文化財」として保存・活用された建物は、気の抜けたハリボテ…

うその思い出

エイプリールフールに上手な嘘をついた思い出はない。特別な日にちを頼りにしなくとも、ふだんからいくらでも嘘をついているためかもしれない。嘘というよりホラというべきだろうが。 僕は、いつもスキがあれば人を笑わせようとしている。笑いをとるためには…

空き地と土管

月に一度の吉田さんとの勉強会。今回で27回目だ。継続は力なり。友人と会うのに規則的な「勉強会」という枠組みが必要であるというのは、発達障害的な僕の気質によるものだが、そういうこだわりによって、怠け者の僕が継続して何かに取り組めるという利点も…

すた丼の呪い

スタミナ丼が、僕の唯一愛着のあるB級グルメでありながら、嫌な思い出に付きまとわれていることは以前に書いた。この呪いは、今も解けてはいないらしい。 一昨年、今の地元にすた丼のチェーン店ができたのだが、喜びいさんで食べに行っても、本場の東京の味…

ガチャガチャとガチャポン

ガチャガチャの新聞記事を読んで、子どもの頃のことを思い出した。初めて出会ったガチャガチャは、近所の商店の前に置いてあった10円のガチャガチャだった。10円だから、ビニール製の小さな車や人形や玩具など、たいしたものは出なかったと思う。それでも、…

ガチャガチャは出オチ

ガチャガチャの製作会社の人を取材した新聞記事にあった言葉。 だいぶ前からガチャガチャのブームが続いていて、地元のショッピングモールにも、ガチャガチャの販売機が100台以上並んだコーナーが設けられている。アニメなどの有名キャラクターを使ったもの…

飛松の球状黄鉄鉱

新しい地元の市史を図書館から借りて読んでいると、意外な情報に出会った。釣川の対岸の河東地区にかつての金山(河東鉱山)があることは地元の人から教えられて、何度か訪ねて坑口をのぞいたりした。今度の市史には金属鉱床の記事の中に、飛松の「球状黄鉄…

積読の作法

僕は、自分が読む能力の範囲をはるかに超えて本を買ってしまう。すぐには読めないかもしれないが、手元においていずれ読んでみたいという本に手を出すからだ。これは、本好きにとって、かつてはごく当たり前の本の購入方法だったような気がする。だから積読…

橋の効用

職場の昼休み、広い河川敷を散歩するようになって、楽しみが増えた。街中なので、1キロばかりの間に、大きなコンクリート橋が3つ架かっている。もともと橋という構造物自体が好物なのだ。 誰もいない丘陵の上で、街を見下ろしながら詩を朗誦するのも楽しい…

ぬいぐるみが手放せない

休日の朝、コメダ珈琲で本を読んでいると、斜め前の席に、小太りの30代くらいの女性客が座った。透明なゴミ袋みたいなビニールに包んだ大きな手荷物をもっている。なんだろう。気になってみると、大きなぬいぐるみだった。 従姉妹のアサコは、幼児の頃、小さ…

家族人形のその後

我が家には、四人家族を見立てた四体の人形と、あとから家族になった猫の人形がある。一昨年、家に迷い込んで4カ月で亡くなってしまった八ちゃんと、そのあと家に来た九太郎の人形だ。 どれも筑豊の山の中に木工工房をもつ内野さんの作品である。新しく家族…

雪道と前輪駆動車

地球温暖化のせいか、もともと雪の少ないこの地方でも、近年ますます雪が降らなくなっている気がする。年に一回か二回、それも印象に残らないくらい薄っすらだったり。 ところが、今回は大寒波の襲来で、大雪が降ると天気予報がいう。予報通り、一日目は午後…

『せっけん ぷくぷく』大園由美子(文)/浜田洋子(絵)

福音館書店の月間予約絵本「こどものとも0.1.2.」の1998年2月発行の絵本。次男の生まれる前の年だから、20年以上も前の本になる。 小さな男の子がお風呂場の洗面器で、せっけんを泡立てて遊んでいる様子を描いている。シャボン玉にしたり、船やイルカのオモ…

テンちゃんの御朱印帳

隣りムラのライバル(とかってに僕が思っている)テンちゃんは、コロナ禍にも関わらず見る間に活躍の場を広げている。クラウドファンディングでゆるキャラの着ぐるみを作ってからは、得意のSNSと行動力で、あちこちに出没し、とうとう市の方も秋波を送りはじ…

ネコジャラシのおみやげ

大井川の岸を歩いていると、ネコジャラシがたくさん生えている。ふと九太郎に遊ばせようと思って、数本を茎の根元から折って持ち帰った。 近ごろ、妻が100円ショップなどで、猫用のおもちゃを買うことが多くなった。プラスチックの細い棒の先に糸が結んであ…

オニオントーストとゴーゴリの『鼻』

長いこと行きつけのパン屋さんがある。石窯で焼いたパンの種類が豊富で、一日中お客さんが多い。駐車場もたっぷりあって、店もこぎれいで明るい。店員さんたちもテキパキとして気持ちいい。なにより、パンが美味しい。 紙コップのコーヒーが無料でいただける…

「家系ラーメン」の幻想

味覚とグルメに関してはまるで自信がないと、このブログでも書いてきた。それでも凝り性だから、何かの食べ物に憧れたりすることはある。その場合でも、せいぜいB級グルメなのだが。 家系ラーメンというものを初めて知った時には、まず、その不可解なネーミ…

ジンベイザメに会う

僕が、サメが好きかどうかというと、微妙である。 以前、サメに関する本を二冊買ったことがある。一冊は写真集、もう一冊はサメの不思議みたいな入門書。ふつうサメの本とか買わないだろう。しかし、二冊とも古書店に処分してしまった。 食玩などでミニチュ…

続・本をならべる

僕は、もともとどんなふうに本をならべていたのだろうか。 文庫や新書や叢書などは、種類ごとにひとまとめに並べる。それ以外の単行本は、だいたいジャンルごとに並べているけれども、本のサイズをできるだけそろえて、それも高さ順にきれいに並べたい気持ち…

本をならべる

3年ばかり前から、読んだ本を順番に並べていくスペースを別に設けるようにした。僕の目下の「寝室」の洋服ダンスの上だ。 根気のない僕は、読みだした本をなかなか読み切ることができない。読了本を並べる場所を設けることで、そこに並べたいという動機によ…

レンズ・トラス橋の話

8月1日は、僕がはじめて北九州の小倉に足を踏み入れた日付だ。今から36年前になる。たまたまそれを思い出したこともあって、夫婦で小倉までドライブすることにした。 黄金市場の九兵衛で評判のうどんを食べ、成屋で饅頭を買ったけれど、「なんもかんもたいへ…

家庭盤の話

それでは、いろいろなボードゲームが全盛だった子ども時代に僕の家にあったゲームといえば、家庭盤だった。それしかなかった。しかし、それをずいぶん楽しく遊んだ記憶がある。姉弟や、親せきの子どもたちや、友達と。 家庭盤は、両面を違ったゲームが印刷さ…