大井川通信

大井川あたりの事ども

書評

『52ヘルツのクジラたち』 町田そのこ 2020

地元の公立図書館に講演に来るからということで、数年前に話題になった小説を手にとることに。上手に書けていて悪い小説ではないけれど、すこしモヤモヤが残った。もともと「小説家」の講演会に行くことはほとんどないし、あまり良い思い出もない。それでど…

『写真で見る関東大震災』 小沢健志編 2003

今年は、関東大震災からちょうど100年だ。たしか、関東大震災をテーマにした文庫本をもっていたなと思い出してあちこちの書棚を探すと、ようやくこの本が出てきた。20年前のちくま文庫だから、忘れかけていても無理はない。我ながらまだまだ記憶力は大丈夫だ…

『アジアを生きる』 姜尚中 2023

まさか姜尚中の本を自分で買う羽目になるとは思わなかった。しかもアイドルの写真集なみに、上半身正面写真がでかでかと掲げられた新書を。 僕のような末端の読書好きは、どの本を買い、どの本を買わないか、ということでしか自分の意志を示すことはできない…

『テロルの原点』 中島岳志 2023

『朝日平吾の鬱屈』(2009)の加筆修正文庫版。 1921年(大正10年)に一代で財閥を作り上げた富豪安田善次郎を襲って自決した朝日平吾(1890-1921)の足跡と内面を追ったドキュメンタリー。朝日のテロは、原敬首相暗殺の連鎖を呼び、1930年代のテロリズムの…

『サークル有害論』 荒木優太 2023

最後まで、著者の議論にピントをあわせることができず、何のためにこのような立論をしているのかよくわからないままで読み終わった。 ひょっとしたらという仮説でしかないが、著者は、サークル(小集団活動)について嫌な体験をもっていて、その有害さを理論…

『宇宙・0・無限大』 谷口義明 2023

本当に久しぶりに、理系分野の入門書を読んだ。光文社新書の一冊。 子どもの頃は、文系、理系などの垣根を感じていなかったから、ブルーバックスなど科学の入門書をよく手に取っていた。とくに「相対性理論」にはあこがれて、なんとか理解したいと思っていた…

『民俗学の熱き日々』 鶴見太郎 2004

副題が「柳田国男とその後継者たち」の中公新書の一冊。20年近い積読ののちにようやく手に取った。 宮本常一や柄谷行人の読書を通じて、柳田国男をもっと知りたいと思えたからだ。興味深い内容とあっさりとした書きぶりで、半日くらいで読み切ることができた…

『文庫の読書』 荒川洋治 2023

僕にとって、荒川洋治(1949-)の名前は特別だ。学生時代に、現役の若手の詩人の中で、圧倒的な言葉の力を感じさせられた存在だからだ。いろいろ読みかじってはみたが、処女詩集『娼婦論』(1971)の早熟の天才ぶりには、言葉を失うしかなかった。この原体…

『「現金給付」の経済学』 井上智洋 2021

何か月も読みかけのまま手元に置いていたが、ようやく読了。世の中が不景気で先が見えなくなると、経済の議論がさかんになる。もう30年前以上になるが、冷戦終結とバブル崩壊の時がそうだった。ちょうど公務員試験の勉強で、経済の科目を一通り勉強したばか…

『愛することは待つことよ』 森崎和江 1999

新聞を読まなくなったので、森崎和江さんの6月の逝去を知ったのは、数か月あとだった。森崎さんは僕の家から数分の、同じ旧里山の上の住宅街に住んでいた。僕も引っ越してきて四半世紀になるから、それだけの期間ご近所だったということになる。妻も馬場浦池…

『少女地獄』 夢野久作 1936

夢野久作ゆかりの土地を歩いたついでに、手持ちの角川文庫の短編集を一冊読んでみた。どれも面白い。読んで損をしたような感じがしない。ストーリーの奇抜さもあるのだろうが、それ以上に根底にある人間理解が広くて深いような気がする。このあたり、江戸川…

『カニは横に歩く』 角岡伸彦 2010

副題には「自立障害者たちの半世紀」とある。500ページのドキュメンタリーで読みごたえ充分だった。僕も個人的な理由から、自分自身の生き方を振り返らざるをえないような読書体験になった。 著者の角岡信彦氏(1963~)は僕とほぼ同世代。処女作の『被差別…

『民主主義とは何か』 宇野重規 2020

読書会の課題図書。民主主義という概念の歴史をわかりやすく丁寧に論じていて、一読勉強になるという感じ。しかし辛辣にいうと、一週間後に何か残っているかというと、何も残っていないという読書体験だった。 それはなぜか。この本で提出された問いと答えや…

ビブリオバトル再考

もう一か月以上前になるが、地元のビブリオバトルでバトラー(プレゼンター)として参加した。オンラインではなく人前で本の紹介をするのは、コロナの影響で、二年半ぶりになる。初めてチャンプ本(バトラーの紹介した本の中で参加者全員の投票で決められた…

『美と共同体と東大闘争』の続き

前回、東大全共闘の思想の空疎さについて書いた。一方、三島の言っていることは、その当否はともかく明確だ。ただ、集会の中での言葉だけに謎めいた発言もまぎれていて、そこが興味深い。 「ぼくらは戦争中に生まれた人間でね、こういうところに陛下が坐って…

『美と共同体と東大闘争』 三島由紀夫vs東大全共闘 1969

読書会の準備で手に取った角川文庫。確か何年か前にこの時のフィルムが公開されて話題になったと思う。 ざっと読んでの印象批評。とにかく東大全共闘の面々の言葉と思想のありようがひどい。当時流行していたマルクスをベースにした疑似哲学的な思想を、自分…

『花ざかりの森・憂国』 三島由紀夫 1968

新潮文庫に入っている自選短編集。読書会の課題図書で読む。 三島自身の自己解説を読むと、その内容と技術にはかなり得意な様子がうかがえる。また三島自身がその思想や生き方で、さまざまな論点を提示している人だから、読書会での議論も、その論点を取り上…

『「吾輩は猫である」殺人事件』 奥泉光 1996

石の『猫』を読了したので、以前からもっていた奥泉光のこの本を手にとってみる。奥泉光は好きな作家で、彼の小説は読まないまでもかなり集めてある。長いものが多く、たくさんの知識を背景に周到に構築された複雑な筋立ての作品が多いから、読めば面白いの…

『平成史』 與那覇潤 2021

読書会の課題図書として読んだが、実に読みにくい本だった。なじみのある同時代の出来事や論壇が扱われているから、それらを手がかりにして思わぬ視点や見晴らしを与えてくれるだろうと期待していた。しかし読めば読むほどわからなくなる。 それは、一つには…

『タダの人の思想から』 小田実対談集 1978

石原慎太郎(1932-2022)が亡くなった。石原は思想的に合わなかったし、それもあって見た目とか態度とかも好きになれなかった。短編を一つ読んだくらい。 ただ、高校時代に出会ったこの本では、小田実(1932-2007)との対談に強烈な印象を受けた。他に宇井…

『ライスシャワー物語』 柴田哲孝 1998

昨年末に再刊された文庫で読む。おそらく人気ゲームのキャラとして注目を浴びたことによる再刊だろう。しかし、競馬に目覚めて4カ月目の僕には、競馬に関する様々な知識をまとめて理解するのに格好のドキュメンタリーだった。 学生時代から競馬をしているよ…

『アメリカ現代思想の教室』 岡本裕一朗 2022

とても読みやすく、かつ良い本だった。図表をつかって議論を思い切って単純化しているが、浅薄な印象を受けない。それは、著者がまとめようとする議論が、現在の喫緊の問題とつながっていて、それが不透明な未来へと直結しているからだろう。つまり、アクチ…

『歴史探索の手法』 福田アジオ 2006

いかにも面白そうな本だと思って、出版当時買って少しだけ読んでいた本。ちくま新書の一冊だからすぐに読めそうなものだが、積読癖が災いして16年経ってようやく通読した。期待通りの面白さだった。 著者がたまたま見つけて気になった「岩船地蔵」(舟形の石…

『スペースを生きる思想』 粉川哲夫 1987

20代の頃、粉川哲夫(1941-)の批評が好きだった。粉川の批評本がさかんに出版されたのは、1980年代で、それ以降、ほとんど忘れられた存在になってしまったと思う。 日本の批評家を振り返る読書をする中で、久しぶりに粉川の本を手に取ってみる。初めは少し…

『夜と霧』 ヴィクトール・フランクル 1946

読書会の課題図書で読む。 感覚的には、本当にこんなことがあったのか、あったとしてもごく例外的な不幸だったと思いたい、というのが正直なところ。 しかし、周囲(自分の内外)を振り返ると、すさまじいばかりの自然の改変(破壊)と生物の組織的な殺戮、…

『怪人二十面相』 江戸川乱歩 1936

読書会の課題図書で読む。昔懐かしい明智小五郎シリーズ。確かポプラ社で、同じような装丁のシャーロックホームズと怪盗ルパンの両シリーズとともによく読んだが、やはり明智小五郎が一番好きだった。 今回読み返して、いかにも少年もので、それまでの乱歩の…

『生まれてこないほうが良かったのか?』 森岡正博 2020

読書会での課題図書。「反出生主義」を扱っていることで、話題となった本のようだ。 僕も『無痛文明論』や『感じない男』を面白く読んでいて、とくに前者はこれから生きていく上での参照軸になりうると思ったくらいなので、この本も楽しみにしていた。しかし…

『苦海浄土』 石牟礼道子 1968(1972改稿)

読書会の課題図書で読む。いつかは読みたいと思っていたので、ありがたい機会だった。もっと告発一辺倒であったり、おどろおどろしかったりする作品だと思っていたが、想像していたより読みやすかった。聞き取りや記録など様々なタイプの文章をつないでいく…

『ほんの話』 白上謙一 1980

今はなき社会思想社の現代教養文庫から、大学時代の思い出の一冊を再読する。 著者の白上謙一(1913-1974)が、勤務先の山梨大学の学生新聞に1962年から1971年までに連載した読書案内をまとめたものである。扱われる書物の幅の広さと辛口で小気味良い文章に…

『百万ドルを取り返せ!』 ジェフリー・アーチャー 1976

読書会の課題図書。いわゆるエンタメ(娯楽)小説というのだろうか。読書会で扱うのは珍しい。いつもより楽に読めて楽しかったのだが、読書会を待たずに、読了とともに満足してしまった気がする。ハリウッドの娯楽映画を観終わった感じに近いだろうか。 ス…