大井川通信

大井川あたりの事ども

書評

『郵便と糸電話でわかるインターネットのしくみ』 岡嶋裕史 2006

積読本を読む。今さらながらだが、ICT関連についても、最低限の知識や見識は持っておきたくなったので。 通信の原理が段階をおって、絵図と漫画風の吹き出しでわかりやすく説明してあるので、なんとか最後まで振り切られずに読みすすめることができた。技術…

『お役所の御法度』 宮本政於 1995

霞が関の内情暴露の書である『お役所の掟』に続くもの。前著への日本の読者のたくさんの反響を、精神分析医として分析した部分があって、そこが面白かった。 第一グループは、50歳以上の男性。1944年以前の生まれである。このグループは、日本的な集団主義へ…

再びビアスのこと

この際だからと、現在手に入るもう一冊のビアスの短編集、光文社古典新訳文庫シリーズの一冊を取り寄せて読んでみる。全14編のうち岩波文庫との重複は、4編のみだ。翻訳はこちらの方がいいような気がする。ただし、巻末の解説はダラダラと長いばかりで、焦点…

『お役所の掟』 宮本政於 1993

四半世紀前に話題になって、よく売れた本。当時読んで面白いと思った。今読み返しても、少しも色あせてなくて、いっそう面白かった。 著者は日本で医学部を卒業したのち、アメリカに留学して現地で精神分析医となり、大学の研究者にもなる。11年にわたるアメ…

『西光万吉』 師岡佑行 1992

「水平社宣言」の起草者として名高い西光万吉(1895-1970)の評伝。その後、部落解放運動を離れ、転向して国家主義者になるなどぱっとしない印象だが、本書を読むとそのイメージが間違いなのがわかる。 たしかに水平社の立ち上げと宣言の起草は立派だが、当…

『ビアス短編集』 大津栄一郎編訳 2000

十代の終わりに、少しだけ文学青年だった時期があって、その頃好きだった作家の一人が、アンブローズ・ビアス(1842-1914)だった。短期間だったから、多くの作家に触れたわけではない。小栗虫太郎も好きだったから、少し異端の匂いがある作家が気になって…

『ノラネコの研究』伊澤雅子(文)・平出衛(絵) 1991

研究書のようなタイトルだが、福音館の全40ページの絵本だ。 著者が追いかけた野良猫のナオスケの一日の振舞いを絵本にしている。追いかけた、といっても一日の移動距離はせいぜい1キロメートル余り。睡眠時間は18時間以上で、休んだ場所が4か所。ご飯を食…

『美しい女』 椎名麟三 1955

三年前にブログを始めた時に、これを機会に苦手の小説にとりくもうと思って、まず手に取ったのが、古本屋で200円で買った椎名麟三(1911-1973)のアンソロジーだった。ハンデサイズの文学全集の一冊で、50年前の本だったけれど、ページを開いた形跡がなく、…

『闇の左手』(つづき)

古い小説を読む楽しみは、書かれた当時の世相や価値観を知ることにもある。当時の社会と向き合う作者の想像力の戦いを、時間を隔てた今の時点で再度とらえなおすという面白さがある。 これは、SF小説でも同じだろう。作者の未来構想は、当然ながら執筆当時の…

『闇の左手』 アーシュラ・K・ル・グィン 1969

課題図書で読む。自分ではまず手を出さないSFの名作を読めるのも、読書会のありがたさだ。とはいっても、あまりSFらしい作品ではなかった。 ずっと未来の地球からずっと離れた惑星が舞台で、そこに住む人類の文明の状態は、さほど発展していない。惑星では、…

『思索と体験』 西田幾多郎 1914

岩波文庫の新刊で西田幾多郎(1870-1945)の講演集が出ていたので、手に取って買おうとしたが、家に西田の読み残しの本が何冊もあることに気づいて思いとどまった。それで初期の論文集『思索と体験』の岩波文庫版を読んでみた。読み通したのは、今度が初め…

『海と毒薬』 遠藤周作 1957

読書会の課題図書で読む。再読。 第一章のエピソードで、勝呂医師の指先に「金属のようにヒヤリとした冷たさ」があったとある。生体解剖事件に関わった冷酷な医師であることを匂わせるうまい伏線だとは思うが、全編すこし図式的に作りこみ過ぎているような気…

『ティファニーで朝食を』 トルーマン・カポーティ 1958

ゴールデンウイークだけど、新型コロナ禍で外出もままならないので、書棚から未読の小説を取り出して読む。村上春樹訳。有名な映画も見たことはない。 主人公は、まだ若い「僕」。それなりに楽しかったり不本意だったりする生活の中で、何人かの人たちと知り…

『大津絵』 クリストフ・マルケ 角川ソフィア文庫 2016

学術書や専門書の入った文庫として、昔はよく濃紺の表紙の講談社学術文庫(1976-)を買っていた。いつのまにか、後発で白い表紙のちくま学芸文庫(1992-)を買うことの方が多くなった。それがこの頃は、クリーム色の表紙の角川ソフィア文庫(1999-)を手…

『日本経済30年史』 山家悠紀夫 2019

20代の頃、東京で塾講師をしていたとき、地元の公民館で市議会議員が主宰する会合やイベントに参加する機会が何回かあった。主宰は革新系の無所属のベテラン女性議員で、当時気鋭のマルクス経済学者小倉利丸を講師に呼んだ集会などもあったと思う。 そのグル…

『イカの哲学』 中沢新一・波多野一郎 2008

気になって、時たま手にとってしまう本。中沢新一が、在野の哲学者の波多野一郎(1922-1969)が書いた小冊子「イカの哲学」(1965)にほれ込んで、その本文と、分量では何倍にもなる解説をのせて出版した本だ。 中沢が憲法9条について問題提起をしていた時…

『螢川・泥の河』 宮本輝 1977

読書会の課題図書で、宮本輝(1947-)を初めて読む。 『泥の河』は、昭和30年の大阪を舞台にし、『螢川』は、昭和37年の富山を舞台にしている。いずれの作品でも、作者にとって地名と年号を明記することは大切で抜かすことのできないことだったのだろう。戦…

『ウニ ハンドブック』 文一総合出版 2019

職場近くの浜辺で、宇宙人の頭蓋骨のような奇怪な生き物の殻をひろって以来、僕はすっかりウニ類の殻を集めるのに夢中になってしまった。調べると、ヒラタブンブクというウニの一種だとわかったのだ。それ以外にも、ひらべったい円盤のようなカシパンという…

『ミリアム』 トルーマン・カポーティ 1943

カポーティ(1924-1984)が19歳の時の短編。読書会の課題図書で読んだ新潮文庫の短編集『夜の樹』の中の一篇。 やはりミリアムが何者かということが話題になったけれども、ミセス・ミラーの別人格や 分身として受け取る意見が主流だった。孤独で地味に生き…

『わたしの濹東綺譚』 安岡章太郎 1999

『濹東綺譚』好きだった父親の蔵書。立川駅ビルのオリオン書店の、出版年の日付のレシートがはさんである。出版を待ちかねて購入したのだろうか。 『濹東綺譚』出版前後の社会情勢や文壇の裏事情について、安岡章太郎(1920-2013)本人の体験も交えて、気ま…

『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』 丸山俊一 2018

NHKのプロデューサーによる人気哲学者マルクス・ガブリエル(1980-)の軽めのインタビュー集のようなもの。読書会の課題図書で読んだのだが、問われるままにあらゆることに一言もの申しているためか、話題があちこちに飛び回っていて、いったい何がいいたい…

『老いと記憶』 増本康平 2018

年齢を重ねると、確かにある時期から、記憶力の低下と呼ぶしかない事態に直面することが多くなる。著者は、認知心理学の研究に基づいて、実際に高齢者向けの講演を続けてきたというだけあって、この問題についてツボを心得た解説を行っている。専門的な議論…

『ヴェニスに死す』 トーマス・マン 1913

読書会の課題で、トーマス・マン(1875-1955)の『トニオ・クレエゲル』(1903)と『ヴェニスに死す』(1913)とを読む。どちらも理屈っぽく、ぎくしゃくとした構成の小説だが、前者の方が面白かった。 トニオ・クレエゲルは、芸術と生活との間で、危うい綱…

『経済学の宇宙』 岩井克人 2015

野口悠紀雄の自分史を絡めた経済の本がとても面白かったものだから、似たような本を読もうと思って本棚から取り出した本。 経済学者にして思想家である岩井克人(1947-)のインタビューをもとにした本だが、相当の加筆修正とていねいな編集が施されて500頁…

『戦後経済史』 野口悠紀雄 2019

整理法や勉強法についてのベストセラーを書いた、大蔵省出身のスマートなエリート経済学者。著者の野口悠紀雄(1940~)については、そんなイメージしか持っていなかった。戦後史のおさらいのつもりで手に取ったのだが、抜群に面白いうえに、襟を正して読ま…

『いつもそばには本があった。』 國分功一郎・互盛央 2019

僕より一回り若い論者による、本や研究をめぐる往復書簡。「一回り」とは古い言い方だが、なるほど世界が更新されるのに十分な期間なのかとあらためて思った。「十年一昔」という言葉もあったっけ。 いわゆる哲学・現代思想といわれる分野の専門家たちだから…

『女ごころ』 サマセット・モーム 1941

井亀あおいさんが最期の時に手にしていた小説。2014年に出版の最新の翻訳で読む。たまたま買っていて手元にあったのだ。 原題は小説の舞台を示す『別荘で』というあっさりしたもので、こちらの方がずっとよい。いかにもかつての日本人好みの邦題だが、モーム…

『たったひとつの冴えたやりかた』 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 1986

読書会の課題図書。 表題作の第一話だけ読んだときは、子どもが主人公のためか「冒険」「友情」「自己犠牲」といった地上的で単純なテーマが透けて見える気がして、架空の世界を自由に楽しむ気にはなれなかった。 全体を通じて同じ難点は感じられるのだが、…

『社会学入門』 見田宗介 2006

昨年出版された見田宗介(1937-)の新著を読んで、著者の衰えのようなものを感じたと書いた。今年に入って、20年前の『現代社会の理論』(1996)を再読して、全盛期の著者の力にあらためて魅了されるとともに、今から振り返るとやや物足りなさも感じてしま…

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』 内山節 2007

魅力的な書名。信用のおける著者。活字も大きく薄めの新書。にもかかわらず、読み終えるまでにずいぶん時間がかかってしまった。ようやく手に取ったのが一カ月以上前だったと思うし、そもそも10年以上前の出版だというのが信じられない。まっさきに購入して…