大井川通信

大井川あたりの事ども

書評

『花ざかりの森・憂国』 三島由紀夫 1968

新潮文庫に入っている自選短編集。読書会の課題図書で読む。 三島自身の自己解説を読むと、その内容と技術にはかなり得意な様子がうかがえる。また三島自身がその思想や生き方で、さまざまな論点を提示している人だから、読書会での議論も、その論点を取り上…

『「吾輩は猫である」殺人事件』 奥泉光 1996

石の『猫』を読了したので、以前からもっていた奥泉光のこの本を手にとってみる。奥泉光は好きな作家で、彼の小説は読まないまでもかなり集めてある。長いものが多く、たくさんの知識を背景に周到に構築された複雑な筋立ての作品が多いから、読めば面白いの…

『平成史』 與那覇潤 2021

読書会の課題図書として読んだが、実に読みにくい本だった。なじみのある同時代の出来事や論壇が扱われているから、それらを手がかりにして思わぬ視点や見晴らしを与えてくれるだろうと期待していた。しかし読めば読むほどわからなくなる。 それは、一つには…

『タダの人の思想から』 小田実対談集 1978

石原慎太郎(1932-2022)が亡くなった。石原は思想的に合わなかったし、それもあって見た目とか態度とかも好きになれなかった。短編を一つ読んだくらい。 ただ、高校時代に出会ったこの本では、小田実(1932-2007)との対談に強烈な印象を受けた。他に宇井…

『ライスシャワー物語』 柴田哲孝 1998

昨年末に再刊された文庫で読む。おそらく人気ゲームのキャラとして注目を浴びたことによる再刊だろう。しかし、競馬に目覚めて4カ月目の僕には、競馬に関する様々な知識をまとめて理解するのに格好のドキュメンタリーだった。 学生時代から競馬をしているよ…

『アメリカ現代思想の教室』 岡本裕一朗 2022

とても読みやすく、かつ良い本だった。図表をつかって議論を思い切って単純化しているが、浅薄な印象を受けない。それは、著者がまとめようとする議論が、現在の喫緊の問題とつながっていて、それが不透明な未来へと直結しているからだろう。つまり、アクチ…

『歴史探索の手法』 福田アジオ 2006

いかにも面白そうな本だと思って、出版当時買って少しだけ読んでいた本。ちくま新書の一冊だからすぐに読めそうなものだが、積読癖が災いして16年経ってようやく通読した。期待通りの面白さだった。 著者がたまたま見つけて気になった「岩船地蔵」(舟形の石…

『スペースを生きる思想』 粉川哲夫 1987

20代の頃、粉川哲夫(1941-)の批評が好きだった。粉川の批評本がさかんに出版されたのは、1980年代で、それ以降、ほとんど忘れられた存在になってしまったと思う。 日本の批評家を振り返る読書をする中で、久しぶりに粉川の本を手に取ってみる。初めは少し…

『存在の耐えられない軽さ』 ミラン・クンデラ 1984

読書会の課題図書。ミラン・クンデラ(1929-)は二作目だが、前作よりもかなり読みにくい。自分は本当に小説には向いていない人間だなと実感する。けれど読み終わると、読後感は決して悪いものではなかった。 作者とおぼしき「語り手」が終始前面に出てきて…

『夜と霧』 ヴィクトール・フランクル 1946

読書会の課題図書で読む。 感覚的には、本当にこんなことがあったのか、あったとしてもごく例外的な不幸だったと思いたい、というのが正直なところ。 しかし、周囲(自分の内外)を振り返ると、すさまじいばかりの自然の改変(破壊)と生物の組織的な殺戮、…

黒島伝治のエッセイをいくつか

新編集の文庫には、エッセイもいくつか載っている。小説では技巧をみせる伝治も、ここでは素朴でぶっきらぼうだ。 「入営する青年たちは何をなすべきか」では、青年たちに、軍隊に入ることで兵器の使い方と組織的な動き方を学び、来るべきブルジョアジーとの…

『黒島伝治作品集』 岩波文庫 2021

絶版になっていた黒島伝治(1898-1943)の岩波文庫が、新しく編集されて出版された。以前にも書いたが、僕が最近になって黒島伝治のことを気にするようになったのは、代表作「渦巻ける烏の群」の題名によってだった。 ロシアが舞台の小説で、カラスの群れが…

『怪人二十面相』 江戸川乱歩 1936

読書会の課題図書で読む。昔懐かしい明智小五郎シリーズ。確かポプラ社で、同じような装丁のシャーロックホームズと怪盗ルパンの両シリーズとともによく読んだが、やはり明智小五郎が一番好きだった。 今回読み返して、いかにも少年もので、それまでの乱歩の…

『ハツカネズミと人間』 スタインベック 1937

読書会の課題図書。人間には仲間と土地が必要だ、という話。 【演劇】 レニーとジョージの(おそらくは不幸な)行く末が気になって途中までは、読むのがつらかったが、ある部分から急に読みやすくなった。カーリーの妻の死の場面のあたりで、これが演劇の舞…

『生まれてこないほうが良かったのか?』 森岡正博 2020

読書会での課題図書。「反出生主義」を扱っていることで、話題となった本のようだ。 僕も『無痛文明論』や『感じない男』を面白く読んでいて、とくに前者はこれから生きていく上での参照軸になりうると思ったくらいなので、この本も楽しみにしていた。しかし…

『苦海浄土』 石牟礼道子 1968(1972改稿)

読書会の課題図書で読む。いつかは読みたいと思っていたので、ありがたい機会だった。もっと告発一辺倒であったり、おどろおどろしかったりする作品だと思っていたが、想像していたより読みやすかった。聞き取りや記録など様々なタイプの文章をつないでいく…

『ほんの話』 白上謙一 1980

今はなき社会思想社の現代教養文庫から、大学時代の思い出の一冊を再読する。 著者の白上謙一(1913-1974)が、勤務先の山梨大学の学生新聞に1962年から1971年までに連載した読書案内をまとめたものである。扱われる書物の幅の広さと辛口で小気味良い文章に…

『百万ドルを取り返せ!』 ジェフリー・アーチャー 1976

読書会の課題図書。いわゆるエンタメ(娯楽)小説というのだろうか。読書会で扱うのは珍しい。いつもより楽に読めて楽しかったのだが、読書会を待たずに、読了とともに満足してしまった気がする。ハリウッドの娯楽映画を観終わった感じに近いだろうか。 ス…

『電気蟻』 フィリップ・K・ディック 1969

ハヤカワ文庫のディック短編傑作選を読む。どれも粒ぞろいでひきつけられるだけでなく、しっかりした哲学的な問いを背景に持っていることに驚く。自己とは何か。現実とは何なのか。他者や、あるいは神とどう向き合うのか。ディックがSF作家として高名なのに…

『できるヤツは3分割で考える』 鷲田小彌太 2004

著者の鷲田小彌太(1942-)は、僕にはなつかしい書き手だ。柄谷行人や今村仁司と同世代で、マルクス研究を出発点として現代思想を幅広く吸収し、どん欲に研究や評論の幅を広げてきたという共通点がある。実際、この二人をライバル視する発言をしている。た…

『オーランドー』 ヴァージニア・ウルフ 1928

読書会の課題図書。 主人公のオーランドは、16世紀から20世紀までの360年間を生き抜いたにもかかわらず、年齢は36歳。17世紀には、性別が男から女に変わっている。「伝記作家」という語り手の存在が絶えず顔をのぞかせたり、性別の転換がなんの説明もなく告…

『ゲンロン戦記』 東浩紀 2020

病み上がりで今年初めて読んだ本。すらすらと読めて、さわやかな読後感が残った。読んでよかったと思った。 東浩紀は、10歳年下で、そのためか著名な批評家だけれども思い入れを持ったことがない。しかし、少し遅れて『弱いつながり』(2014)や『観光客の哲…

『夏子の冒険』 三島由紀夫 1951

読書会の課題図書。三島由紀夫(1925-1970)が自死したのが小学校3年生の時で切腹のニュースの衝撃が大きく(当時はまだ天皇を神と仰ぐ風潮が残っていたから)「まともな」作家とは思えずに今までなんとなく敬遠していた。今回初めて読んで、若いのに自制の…

そうだ、黒島伝治を読もう!

ミヤマガラスの話題のたびに、『渦巻ける烏の群』(1928)の名前を出しているが、実際に読んだことがない。これでは知識を振りまわしているだけで説得力に欠ける。 それで手っ取り早く「青空文庫」で黒島伝治(1898-1943)をいくつか読んでみた。旧世代の人…

『感染症と民衆』 奥武則 2020

副題は、明治日本のコレラ体験。コロナ禍におけるタイムリーな企画ものの新書で、ジャーナリスト出身の学者が過去の研究成果を踏まえて書き下ろしているから、バランスよく読みやすい本になっている。僕には未知で、有益が情報が数多くあった。 コレラ以前に…

『ボートの三人男』 J.K.ジェローム 1889

読書会の課題図書で読む。 小学生の頃、子ども用の少年少女名作文学シリーズで、とても面白く読んだ小説だ。50年ぶりに読んで、ちょっと期待外れの面もあった。当時の本の子ども向けの要約や書き直しが上手だったのだろうが、もともと笑いのセンスが子どもに…

『経験なき経済危機』 野口悠紀雄 2020

コロナ禍の半年間のドキュメンタリーみたいな本。雑誌の連載記事を中心にした本だから、問題の指摘のみの部分も多く、雑多な印象だ。著者が高齢で行き届いた本づくりができないということもあるかもしれない。 しかし昨年、同じ著者の『戦後経済史』を読んで…

『悲痛の殺意』(『奥只見温泉郷殺人事件』改題) 中町信 1985

読書会で漱石を読むのを苦労したから、小説を楽しんで読みたくなった。中町信(1935-2009)の長編推理小説が再刊されたので、読んでみた。中町さんでも初期の込み入った倒叙トリックを使ったものでは気が休まらない。温泉地ものだから、気楽に読めるのではな…

『郵便と糸電話でわかるインターネットのしくみ』 岡嶋裕史 2006

積読本を読む。今さらながらだが、ICT関連についても、最低限の知識や見識は持っておきたくなったので。 通信の原理が段階をおって、絵図と漫画風の吹き出しでわかりやすく説明してあるので、なんとか最後まで振り切られずに読みすすめることができた。技術…

『お役所の御法度』 宮本政於 1995

霞が関の内情暴露の書である『お役所の掟』に続くもの。前著への日本の読者のたくさんの反響を、精神分析医として分析した部分があって、そこが面白かった。 第一グループは、50歳以上の男性。1944年以前の生まれである。このグループは、日本的な集団主義へ…