大井川通信

大井川あたりの事ども

『アジアを生きる』 姜尚中 2023

まさか姜尚中の本を自分で買う羽目になるとは思わなかった。しかもアイドルの写真集なみに、上半身正面写真がでかでかと掲げられた新書を。

僕のような末端の読書好きは、どの本を買い、どの本を買わないか、ということでしか自分の意志を示すことはできない。だから、いったんもう読まないと決めた人(たとえば白井聡とか)を決して買わないのは、僕にとっては意外に重要な所作なのだ。

姜尚中は、もう20年近く前に『在日』を読んでから、テレビのコメンテーターなどでの活躍を見るようになって、また人生論のベストセラーを書店で見るようになって、もう僕が読むことはない人だと思っていた。

でも、今回読書会の課題図書になったからには仕方がない。しかも今の僕は、本の内容に意固地にこだわるよりも、本をめぐるコミュニケーションの多様な経験を積むことを優先するようにシフトしている最中でもある。

人気者(アンチも多い)の姜尚中の読書会、いいじゃないか。

それで、読み通してみて、この人は、いろいろな脇の甘さやスキの多さが、むしろ人間的な魅力、可愛さに転じて大衆から愛されているのだろうと気づいた。

ドイツ留学時代に、子どもからのリクエストでブルース・リーの物まねをやって喜ばれたというエピソードを披露しているが、この人は、そういうノリの良さが本来の持ち味なのだろう。在日の出自や差別、朝鮮半島をめぐる政治状況の深刻さ、落ち着いた風貌や低音ボイスがあいまって、重厚で堅実な思想家のイメージがあるが、おそらくそんなタイプではないのだ。テレビ出演や人生論の執筆、ナルシスティックな表紙写真などの説明がこれでつく。

ただし、ノリが良くて他人の要望に敏感に応じてしまう人は(僕がそうなのだが)残念ながら、薄っぺらくて浅くなる。読書会でも高野さんから、①アジアの「普遍」という発想、②男の思想家ばかり、③身体的な表現不在、④在日の一枚岩的な描き方、の4点の不満が出ていたが、それらは要するに「浅い」ということだろう。

熊本県立劇場館長の就任をきっかけにして、故郷と出会う、というのも体験としていかにも薄すぎる。有名文化人として丁重に招かれた故郷の居心地がいいのは当然だろうが、本来舞台芸術と縁もゆかりもない政治学者の就任はどうなのだろうか。

しかし、東アジアの政治情勢での「貴重な」理想論・楽観論の維持が、彼のこうした資質に支えられているのは確かだろう。

メンバーの柿木さんが帰省中にお母さんから姜尚中の『悩む力』を示されて、お前もこういうわかりやすい本を書きなさい、と指導を受けたというエピソードが面白かった。