5月5日は今村先生の忌日なので、今年も一冊取り出して読む。僕が大学で先生に出会った80年代初め頃は、先生はまだ数冊の著書をもつだけの新進気鋭の学者だったが、その後、ある思潮を代表する思想家として多くの著書や翻訳書を出版し、またそこにとどまらない幅広い仕事を残した。
こんなふうに忌日に新鮮な気持ちで先生の本に向き合えるのも、今村先生の広大な関心領域と多作のおかげだろう。
表題の作品は、地味な印象があって、今まで読み通したことはなかった。しかし、今回読んでみて、小著ながら、今村思想の核心が叩き込まれた名著だと思った。事象に関する各思想家の所説の紹介と、独自の近代社会論と社会認識論を開陳する「今村節」の炸裂とが、バランスよく一著に収まっている。
社会認識の根っこには「驚き」がなければならない。まして近代社会の成立という人類史上の未曽有の出来事を把握するためには、この「驚き」の体験が不可欠だ。
群衆現象は、近代において発生するもろもろの事象の一つということではなくて、価値形式の席巻と等しく、近代社会の最も根本的で危機的な事態である。すぐれた文学者や思想家が、驚きをもとにこの事態に肉薄してきたように、我々も、この現象の本質を体験しつつ、その批判的認識に向かわないといけない。
今村先生は(正確に先生の言葉を写したわけではないが)こうした尋常でない主張を、尋常でない迫力で、しかしささやかな小著の中に書き込んでいる。
こうした言葉を今の学者が書きしるすことはできないだろう。戦争中に岐阜の田舎で生まれ育ち、戦後の復興と高度成長の中を生き抜いた生粋の近代人としての経験と固く結びついた思想なのだろうから。