近頃、ようやく、村の賢人原田さんの聞き取りを開始した。原田さんは多くを語る人だし、それを詩や寸言や絵として表現する人だから、10年以上の付き合いの中で、人生のアウトラインと要所の細部は頭に入っている。しかし、それを時系列に並べて、一人の人間の一生の問題として理解することはまた一段ハードルの高い作業となる。
原田さんが70歳を過ぎてからのいっそう前のめりな生き方を見て、この聞き取りを思い立ち、本人にも予告してから数年がたつが、なかなか手がつかなかった。聞き取りを録音して文章化するという方法を漠然と考えていたが、それが億劫だったのだ。
ところが、先日思いがけず地元のコメダ珈琲で会って、勢いで聞き取りを開始してみると、そんな方法は必要ないことがよくわかった。これは一発撮りですむ聞き取りではない。精神史としての掘り下げが必要なのだ。
聞き取りをいったんは文章化したうえで、気になったポイントを僕の方から問いかけ、その応答によって深まっていく認識を文章に加えていく。時間軸をいったり来たりするし、原田さんの意識の死角にあるようなものも掘り出していかないといけない。なんのことはない。いままでやってきた対話とまったく同じスタイルなのだ。それに詳細なメモが付け加わるという違いがあるだけ。
一応原田さんの人生を4期に分けて、その区切りで聞き取りを行う計画を立てている。1期は、10代までの疾風怒濤時代。高校時代に家出をして禅寺に入った経験が中心となる。2期は、20代の高森草庵と伊那での生活。ここで原田思想の中核が作られる。第3期は、30代から40代からの結婚とサラリーマン生活時代。4期が、50代以降の九州移住とムラづくりや詩を食べる店の展開となる。今はようやく2期の途中まで聞き取りを進めている。
こうしてみると、原田さんの賢人たるゆえんは、1期、2期での思想的な沈潜の深さと、3期の俗世での20年を経たのちに4期で自らの理想の実現へと回帰できた力技と実行力にあると思える。既成の組織の中で、権威を配給されながら思想的な営みをかろうじて続けるというような一般の脆弱な精神とは比較にならない野太さだ。
今年になってようやく「大井川歩き」の途中結果をまとめて少数の友人知人に読んでもらったとき、やはり原田さんの存在が読み手にインパクトを与えることを知った。大井川歩きの重要な要素として、原田論はぜひ実現しないといけない。