大井川通信

大井川あたりの事ども

建築

球磨郡の仏堂を訪ねる

人吉に入って、まず青井阿蘇神社に参拝する。神社建築にはあまり関心はないのだが、この茅葺の国宝の社殿は別格だった。楼門は三手先組物の本格的建築、拝殿は舟肘木の素朴な建物という対照が面白く、どちらも急こう配のもっさりとした茅葺屋根に民家のよう…

禅宗様仏堂が読経で満たされる(禅宗様建築ノート9)

興国寺仏殿の中で礼拝すると、僧侶からもこし部分(向かって左側の外陣)に並べられた椅子に坐るように促される。千手観音公開日の単なる参拝客で檀家でもないし、祈願の手続きをとったわけでもない。遠慮してもじもじしているうちに、僕一人の立ち合いのも…

古建築写真を整理する

僕のようなライトな古建築ファンにやれることは限られている。入門書や解説書をできるだけ多く読むこと。多少背伸びして専門書にも手を出してみること。現地に出かけて実物と対面すること。建物を味わいつつあれこれ思案し、メモを取ったりスケッチをしたり…

『伝統木造建築を読み解く』 村田健一 2006

大きな書店に行ったときには、建築(なかでも古建築)の棚で新刊を確認するのは若いころから習慣になっているから、このジャンルで面白そうな本は見逃してはないはずだ。購入してもさっとながめて積読するだけなので、読み通して実際に感銘を受けた本はいく…

『日本の建築遺産12選』 磯崎新 2011

新潮社のヴィジュアル本「とんぼの本」シリーズの一冊で、副題には「語りなおし日本建築史」とある。 2004年発行の美術雑誌の特集記事をもとにしているようだ。 著者の磯崎新(1931-)の話は一度聞いたことがある。1993年の磯崎新展で、自ら設計した北九州…

高安寺観音堂 東京都府中市(禅宗様建築ノート8)

禅宗様建築についての文章を書くのが若い頃からのひそかな夢だった。もちろん専門的な記述をすることはできないから、僕の禅宗様体験ともいうべきことを主観的に書き綴るだけだ。国宝、重要文化財の遺構が話題の中心になるけれども、個人的に因縁のある建物…

英勝寺仏殿(禅宗様建築ノート7)

鎌倉では、もう一つ禅宗様仏殿を見る。1636年という江戸初期の建物で、山門や鐘楼などとともに、ごく最近重要文化財に指定されている。 鎌倉唯一の尼寺ということで、歴史的な由緒も興味深く、伽藍も街道沿いにコンパクトにまとまっている。「拝観のしおり」…

建長寺法堂(禅宗様建築ノート6)

鎌倉は、中学での遠足以来だと思う。その時はグループ行動だから、建長寺の門前を通過しただけで、境内に入ることはできなかった。修学旅行で東大寺の二月堂を見ることができなかったのと、同じパターンだ。※写真で確認すると、20代の頃にも一度行っているよ…

円覚寺舎利殿(禅宗様建築ノート5)

円覚寺舎利殿はかつて、鎌倉時代にさかのぼる禅宗様建築の典型として扱われていた。だから日本史の教科書なども、中世建築の新様式の説明では、大仏様は東大寺南大門、禅宗様は円覚寺舎利殿が写真付きで紹介されている。 ところが研究が進んで、実際は焼失を…

正福寺千体地蔵堂(禅宗様建築ノート4)

東京都内唯一の国宝建造物である正福寺千体地蔵堂を見るために初めて東村山を訪れたのは、たぶん中学生の時だったと思う。身近に禅宗様建築の貴重な遺構があるということから、僕は古建築の中でもとりわけ禅宗様という建築様式のファンとなった。 禅宗様の魅…

隣近所をどう体験するか

月一回の吉田さんとの勉強会では、お互いの成育歴について振り返りつつ自他の違いについて理解を深めることが多い。お互いががかなり違う環境で育ったので、この作業がとても面白く、有意義だ。 ただ、この話題の面白さと豊富さでは、僕は吉田さんの足元にも…

二つの美術館

久しぶりにブリジストン美術館に行こうとしたら、あたらしい建物に入って名前も変わったいた。都会のど真ん中の新築のビルの5階くらいまでを占有していて、それより上階の高層棟はまったくの別のビルように見える。名前は、アーティゾン美術館。 大きなガラ…

『日本近代建築ベスト50』 小川格 2020

建築雑誌の編集部に勤務していた著者が、若いころに体験した近代建築の充実期を書き残しておきたいという思いから作られた建築ガイド。だから、建築学者による専門的な解説とは一味違った、意外なエピソードや個性的な切り口が満載で面白い。 たとえば、重要…

『日本建築集中講義』 藤森照信・山口晃 2021 

建築学者と画家による、日本各地の有名建築の訪問記。もとは雑誌連載されたもので、両者の会話とともに、直筆のアンケートやマンガなどが載せられていて、素人にも読みやすく構成されている。 13の訪問先の内、実際に僕が見たことがあるのは、「法隆寺」「…

『宅地崩壊』 釜井俊孝 2019

僕が住む住宅街は、小さな里山の一部を切り開いたものだが、僕が引っ越してきた当時はまだその大部分の造成が終わっていなかったから、坂の突き当りには高さ5メートルばかりの崖が続いており、また、区画の別の端まで行くと、そこからは深い谷になっていた。…

伊藤伝右衛門邸を見学する

職場の近くにある「炭鉱王」伊藤伝右衛門邸を見学する。以前、二回ほど見ていたが、久しぶりである。NHKの朝ドラで妻の柳原白蓮が取り上げられた時の賑わいは、もはやないようだ。酷暑の平日ということもあり、僕が広い邸内を見て回る間、他に来場者はなかっ…

玄関の位置

僕の家は、緩やかな斜面に造成された住宅街の角地にあるから、隣家や道路との間に段差があって、低いフェンスで囲われているだけでも十分周囲から自立している印象だ。それだけでなく、ある時、立地上の特色に気づいて、それを得意に思っているところがあっ…

日本住宅政策三本柱

住宅の歴史に関する本を読んでいたら、戦後の住宅政策に三本柱というものがあるのを知った。敗戦による住宅不足を解消するために、1950年代の前半に相次いで打ち出された政策だ。 1950年(昭和25年)の住宅金融公庫法による、住宅ローンでの「公庫住宅」。19…

『日本の歴史的建造物』 光井渉 2021

面白かった。とても面白かった。すみからすみまで勉強になった。僕の読書は、どこか 勉強のために無理しているところがある。生来怠け者だから、読書や勉強が楽しいというわけではないのだ。ただし、(古)建築にかかわる良書だけは、純粋に楽しみとして手に…

日本海海戦記念碑をめぐって⑦【安部正弘の戦後と船の家】

★この作文の結論として、僕なりに安部正弘の精神の襞をなぞるくらいのことはできただろうと思う。孫の文範さんの記憶によると、正弘氏は、小舟で自分用のスペースを作ってさえいたらしい。今では船型の客間も取り壊されて、正弘氏の特別な嗜好を知るてがかり…

日本海海戦記念碑をめぐって⑥【艦橋の上で】

★展示艦沖ノ島の代替物である海戦記念碑は、安部正弘にとっては「見上げる」ものではなくて、司令官として「乗り込む」施設だった。それに気づくには、実際に記念碑によじ登らないといけない。手前味噌で言えば、作文の機動性が本領を発揮した瞬間だった。 …

日本海海戦記念碑をめぐって⑤【記念艦「三笠」と展示艦「沖ノ島」】

★記念碑の足元の海岸には、かつて日本海海戦によって捕獲された本物の軍艦が展示艦として繋留されていた。これを実現させたのも安部正弘であり、その上さらに海戦記念碑を軍艦型で計画した彼の心のうちに迫っていく。 【記念艦「三笠」と展示艦「沖ノ島」】 …

日本海海戦記念碑をめぐって④【海と空の博覧会】

★有名建築家との因縁をめぐる調査から、一変、戦前の博覧会のハリボテへの連想とその根底にある呪術的思考への考察へとすすんでいく。こうした飛躍と思弁が、良くも悪くも僕の作文の持ち味かもしれない。 【海と空の博覧会】 では記念碑を戦艦の形にしてしま…

日本海海戦記念碑をめぐって③【建築家 徳永庸】

★徳永庸については、すでにこのブログに書いている。玉乃井プロジェクトの終了後、古賀市青柳の生家跡や国立市の旧居を訪ねたりした。福岡県内の作品では、旧福岡銀行門司港支店が結婚式場に模様替えされ、久留米市中心街のカトリック教会が改修を経て現役で…

日本海海戦記念碑をめぐって②【伊東忠太と幻の設計】

★地方の無名の記念碑は、意外にも伊東忠太という全国区の名前と結びつき、僕自身の故郷での記憶につながっていく。 【伊東忠太と幻の設計】 安部正弘氏の伝記『いのちの限り』には、海戦記念碑の建設の経緯に触れた部分があって、大正10年(1921年)に記念事…

日本海海戦記念碑をめぐって①【はじめに】

★13年前の玉乃井プロジェクトでの僕の作文「日本海海戦記念碑をめぐって」を、7回に分けて章ごとに紹介したい。なお、東郷平八郎の書による碑文は「紀念碑」と刻まれているが、この作文では、通常の表記に従っている。地元では知られた東郷公園と記念碑が、…

伊東忠太と徳永庸

安部正弘氏の手記には、大正10年(1921年)に日本海観戦記念事業を思い立ち、翌年には、建築界の権威伊東忠太博士に設計を依頼したことが記されている。伊東忠太(1867-1954)は、スケールの大きな建築史家、建築家として知られる。明治時代に「建築」とい…

建築家徳永庸のこと

安部さんからメールで、「日本海海戦紀念碑」の設計者についての質問が入る。「徳永庸」という名前を思い出して返信したのだが、決して有名ではない彼の名が、すぐに浮かんだのが不思議だった。たしかに15年ばかり前に因縁があったのだが、今の僕は中年過ぎ…

『建築をつくる者の心』 村野藤吾 なにわ塾叢書 1981

丹下一門の構想力の正史と、それを「どや建築」と捉える裏面史との二冊の本を読んだところで、今度は、彼らの先輩格にあたる筋金入りの建築家である村野藤吾(1891-1984)の本を読んでみる。4回にわたる市民講座で講師を務めた時の後述筆記がその内容だ。 …

『非常識な建築業界』 森山高至 光文社新書 2016

先日読んだの『丹下健三』(豊川斎赫著)は、丹下健三とその弟子の有名建築家たちの構想力と作品を、戦後建築史として肯定的に描きだしたものだった。 今回の本は、いわばその裏面史ともいうべきもので、彼らの仕事を身もふたもなくぶった切るものとなってい…