大井川通信

大井川あたりの事ども

大井川歩き

家から歩いて登山する(対馬見山編)

大井川歩きの流儀だと、すべて自宅から歩いて行き、歩いて帰ってこないといけない。登山といっても電車や車で出かけて、近場から目当ての山だけに登るわけにはいかないのだ。近所の里山には何とか入り込んで、ヒラトモ様やクロスミ様を探りあてたが、山登り…

里山の古墳を案内する

村チャコの常連ワタナベさんを連れて、大井の里山に登る。里山の頂上にある三角点に案内することを約束していたのだ。 倒れた竹が脇にやられて林道が歩きやすくなっているのは、山の作業で人が通ったためだろうか。そんな変化に敏感になる。斜面を登るときに…

おなごし(女子衆)さんの思い出

村チャコで会ったワタナベさんを、大井炭鉱の坑口跡に案内することになる。石炭を運んだ道や炭鉱夫の納屋のことなど、大声で説明しながら里山に入っていくと、藪の手間で「くくり罠注意」という表示がある。イノシシのハコ罠なら知っているが、くくり罠を見…

河東村を歩く

朝、大井川歩きに出るときは、おおよその方向や目的地をイメージしておく。漠然とでもその場所に行ってみたい、という気持ちが起きないと、勇んで家を出発する気にはなれない。 今日は、久しぶりに、旧河東村を訪ねようと思った。河東(かとう)は文字通り、…

釣川浄土(黒豆をいただく)

絵本を届けたキヨミさんから、ていねいなお礼の電話をいただく。絵本は何度も読んだという。子どもさんに見せたら、とにかく絵がすばらしいとのこと。絵を描いた妻にそのことを話して、いっしょに喜んだ。 黒豆がたくさんあるので、石鎚様へのお参りのついで…

釣川浄土(絵本を届ける)

雨も降りかけているし、午後からで時間もないし、ということで多礼(タレ)まで歩くのははばかられた。しかし、自動車で乗りつけるのはポリシーに反する。やや迷って、自転車を走らせることにした。 先日、偶然道端で挨拶をして知り合ったキミコさんの家に、…

へへり峠を越える

コロナがやや収束したのと、新しい職場になれたのと、夏の暑さが終わったのと、ダイエットが本格化したのが重なって、先月くらいから大井川歩きも復活した。 コノミ山への往復(9月22日)、ヒラトモ様ツアー(10月18日)、クロスミ様経由モチヤマ訪問(10月2…

大井川歩き(空振り編)

旧大井村には、その北側に100メートル程度の里山の丘陵が連なっている。南側の50メートル程度の丘陵は、開発されて住宅で埋め尽くされており、僕の家もそこにある。北側の丘陵の峰の東の端にヒラトモ様が鎮座しており、西の端にクロスミ様のホコラがあるとい…

やっぱりクロスミ様の出番でした

黒尊(クロスミ)様をお参りしようとして里山の林道に入ると、すぐ先をお年寄りがサンダル履きで歩いている。この辺りで出会う地元の人はマツシゲさんくらいだが、少し様子が違う。声をかけると、林道のすぐ下に住んでいるフジモトという人だった。 林道の…

ヒラトモ様ツアー

ひろちゃんの親族を連れて、ヒラトモ様を案内した。本当は、大井の他の「観光スポット」も案内したかったのだが、ヒラトモ様だけでおなかいっぱいで、あとは簡単な説明だけですませた。 ひろちゃんの弟のタケシさん(奥さんもあとから参加)、大阪から参加の…

庚申塔の消失

休日早朝の大井川歩き。ババウラ池の底の水たまりには、エサをあさるサギがいるばかりだ。カイツブリのヒナの凛々しい姿が目に浮かぶ。君のことは忘れないでおこう。 どこに行きたいのか、どのくらい歩きたいのか、なかなか方向が定まらずに、駅の方面にぶら…

我が街の斜面緑地と山当て

僕が住む住宅街は、小さな丘の里山を造成して作ったものだ。近ごろの造成技術は進んでいるようで、土地のでこぼこを巧みに埋めて無駄なく住宅地にしてしまうから、斜面が緑地で残されることは少ない。それでも寺社やため池のある斜面にはもともとの林が残さ…

ビブリオバトルのバトラーをする

この時期なので、オンラインでのビブリオバトルで、バトラーになって本の紹介をした。以下は、その時の原稿の一部。 みなさんは、自分の住所を聞かれたら、どんな風にこたえますか? たとえば、〇〇県△△市✕✕番地、とこんなふうに答えると思います。でも、こ…

盆明けの大井村で

お盆の連休の最後の日の朝、日が上がるまえに一時間ばかり大井を歩く。 秀円寺の裏山を通ると、六地蔵前の草がきれいに刈られている。湿った地面近くをしきりにハグロトンボが飛ぶ。山門下の田んぼは、10軒ほどのモダンな建売住宅に変わっていて、タイムトン…

大井川歩きと「流域思考」

岸由二さんの唱える「流域思考」は、大井川歩きで僕が漠然と意識したり、気づいたりしていたことに明確な言葉と知識と思想を与えるものになっている。 僕ははじめ、自分が寝起きし暮らす自宅を中心にして世界を見ていこうと、そこから歩ける範囲を自分のフィ…

犬も歩けば棒に当たる

小雨の中、午後から住宅街の丘を降りる。子犬を連れたお年寄りと行き違う。猫を飼うようになってから、小動物が可愛くてしようがないので声をかけると、ボストンテリアとのこと。ブルドックじゃないのか。 久し振りに村チャコに行くと、村の賢者原田さんと助…

山懐の斎場にて

ようやく雨が上がったので、コロナ禍のステイホームですっかり重くなった身体を引きずって、大井川歩きに出る。大井川の水かさも増して、流れの勢いも強い。散歩中、小さな水路からもドクドクと水音が響いていて、一歩間違えれば大きな水害をまねく国土であ…

大井川花見歩き

なんとか一息付けたので、日曜日の朝、大井川周辺の桜を見に出かける。 しっかり覚えている場所以外でも、カンを働かせてうろ覚えの場所を訪ねると、桜は見事な花で出迎えてくれる。ほぼ満開で、やや散り始めている木もあるくらい。 ババウラ池には、水がた…

ヒラトモ様発見6周年

里山のてっぺんにヒラトモ様のほこらを発見して、今日で6年がたった。 郷土の伝説の聞き書きの古い本に、平和様という不思議な当て字(誤字)で紹介されているだけの神様が、実際に残されているかどうかは、半信半疑だった。大井を囲む里山のうち街側の半分…

年初の大井案内

朝の散歩をかねて、姉に大井の周辺を案内する。住宅街から、秀円寺の裏山を伝って集落に降りる。ここには里山の雰囲気がかろうじて残っている。ひっそりと天保の石仏、享保の庚申塔があって、歴史の世界へと誘う入口となる。 大井川を渡り、クロスミ様へと続…

銀杏のホウキ

高村光太郎の詩「冬が来た」の中に、銀杏の木も箒になった、という表現がある。読書会で読んでいて、これがよくわからないという感想があった。冬になって、銀杏の黄葉が落ちつくして、残った枝がまるで竹ぼうきのように見えるということだろう。 僕には抵抗…

僕が『歩く』ときには

では、僕が今日、どんなふうに歩いたかを振り返ってみる。 用事から家に戻ったときには夕方で、暗くなるまで一時間もない時だった。それでも歩こうと思ったのは、ちょっとした当てがあったからだ。 昨日昼間、家の近所を車で通りかかったときに、道路わきの…

笠仏さま

笠仏(かさぼとけ)さまの絵本の製作が、頓挫している。聞き取りができたのが、4年前。3年前には、簡単な絵コンテを妻に渡した。妻が実際に絵を描いたのは、その1年後だが、その時には僕も気乗りがしなくなっていて、妻の絵を2年間放置している。 大井の…

大井のはちみつ

家を一歩もでたくない。ゼンマイがほどけてしまったような、電池が切れてしまったような休日が、僕にはよくある。そんな日は、本も読まずに、何も考えずに、昼寝をしたりして一日を過ごす。 お腹がすいたので、一枚の食パンを取り出し、はちみつをたっぷり塗…

大井川沿いを「ひさの」まで歩く

朝、家を出る。久々に遠出を考えて、遠くに見える多礼村の里山を目標にしようと思い立つ。大井川の水辺で、イソシギがおしりを振っているのを眺めてから、古民家カフェの村ちゃこに寄ったのが間違いだった。 村の賢人原田さんが難しい顔をして、何やら書をし…

大風の中の大井川

遠くに過ぎたはずの台風の余波でまだ風が吹き荒れているときに、僕は高台の住宅街を降りて、大井川に向かった。もちろん危険というほどの状態ではないのだが、念のために帽子をかぶって。 大風を浴びながら、大井を歩いてみたかったのだ。周囲が刈り取られた…

万延元年のフットパス

朝思い立って、久しぶりに大井川歩きに出かける。 まず隣の地区の公園へ。ここでは次男に自転車の練習をさせた思い出がある。自治会の役員の時には、グランドゴルフの練習もしたっけ。しばらく来ない間にすっかり他人行儀の表情をした場所になっている。 僕…

三年目を迎えて

一昨年の10月からブログを毎日書き続けて、ちょうど丸二年がすぎた。毎日書くようにしたのは、僕がきわめつけの怠け者で、そういう縛りがなければ書き続けられないのがわかっていたからだ。しかし、ただの日記を公開するのなら、それは本人の実際の姿と同じ…

彼岸花の行進

僕が今住んでいる地域は、市街地の周囲にある程度の自然が残されている。近隣にでかけるときには、農地の景色にふれないということはない。細かい農業の段取りについて知っているわけでなくとも、何年も暮らしていて自然と目につき覚えるようになった季節ご…

僕は自分の方法をもっと信じなければいけない

妻が20年ばかり通っている彫金教室を、猫を連れて訪ねる。マンションの一室の工房を先生が改装したので、そのお披露目の会があるのだ。猫との外出は初めてなので、エサやらトイレの砂やらを車に持ち込む。こんなふうにあれこれ気を使うのは、子どもが赤ちゃ…