大井川通信

大井川あたりの事ども

近代文学

『押絵の奇蹟』 夢野久作 1929

角川文庫で読む。久作の短編集の新刊や復刊が続々出版されており、角川文庫が夢野作品を手軽に数多く読めるシリーズになっている。 表題作のほかに、『氷の涯』(1933年)と『あやかしの太鼓』(1926年)が収録されている。『氷の涯』を筆頭に中編と呼べる分…

動坂と八幡坂

東京の田端に行った。芥川の屋敷跡は、駅のすぐ近くの住宅街にあった。こんなに近いなら大学時代にでも見ておけばよかったと思ったが、早稲田の漱石山房跡すらのぞかなかったのだから仕方がない。 芥川が歩いた道をたどるのは楽しい。田端文士村記念館でもら…

『蓼食う虫』 谷崎潤一郎 1929

読書会の課題図書だったが、風邪で参加できなかった。谷崎潤一郎を読むのは初めてだったので、なんとか最後まで読んでみた。そうかくのは、途中までかなり退屈だったからだ。後半になって、通人の義父と若い妻との淡路島の浄瑠璃見物に主人公が同行する場面…

『運命』 国木田独歩 1906

国木田独歩(1871-1908)の第三短編集だが、昨年に岩波文庫の新刊で出版されている。独歩の短編はどれも面白い。小説の巧みさというよりも、作品の根底にある認識の全うさ(プラス芥川の言う「柔かい心臓」)において際立っている。 『悪魔』(1903)は、田…

『蟹工船』 小林多喜二 1929

葉山嘉樹(1894-1945)の小説を読んだことをきっかけにして、プロレタリア文学つながりで、小林多喜二(1903-1933)の手元にあった文庫本を読んでみる。代表作『蟹工船』と死の前年に書いた『党生活者』が収録されている。 内容以前に小説としてしっかり作…

『葉山嘉樹短編集』 道籏泰三編 2021

北部九州出身の小説家として、人から薦められて手に取った本。葉山嘉樹(1894-1945)がプロレタリア文学の作家だという文学史の知識はあったが、読むのは初めてだった。 新しい編集の岩波文庫で、12編の短編を収録してやや厚めとはいえ、読了まで一か月以上…

『野分』 夏目漱石 1907

漱石(1867 -1916)の未読の中編を読んでみる。新潮文庫では『二百十日』といっしょに収録されている。小説としては未完成というか実験的な感じでごつごつしており、読みにくくあまり面白くはなかった。 学問の理想に生きようと既に達観している元中学教師…

『二百十日』 夏目漱石 1906

漱石の忌日だから、出勤前に文庫本の棚をのぞいて、文庫で70ページ程度の短い小説を読むことにする。今年は漱石の評論の射程の広さ、深さに驚いたこともあり、漱石の主要作品は読み通してみたいと考えていたところだった。そのきっかけにしたいと思う。 『二…

『坑夫』 夏目漱石 1908

この小説は、若いころに読んだ柄谷行人の漱石論でも評価されていたし、自分の炭坑ブームもあったから、もっと早く読んでいてもよかった気がする。そうはならなかった理由が、今回読み通してよくわかった。 さほど長くはない小説だが、とにかく読み通すのに骨…

芥川と朔太郎

今日は河童忌。ネットの青空文庫で、『湖南の扇』『たね子の憂鬱』『死後』など目につく小品を読んでみるが、どれもぱっとしない。ふと思いついて、萩原朔太郎の追悼文『芥川龍之介の死』を探して読むと、これは面白かった。 昭和2年の芥川の自死の直後に書…

独歩のナショナリズム

三島由紀夫の『憂国』を読んで奇妙な気分になった。絵に描いたような美男美女のカップルが、性愛と正義とが一致する行為として切腹と自死を選ぶ。その動機であるはずの国を憂うる気持ちも反乱将校への共感も、ほとんど具体的には描かれておらず、閉ざされた…

漱石の「地域通貨」

昔、少年向けの文学全集などに、漱石のエッセイ風の小品が入っていて、読んだ記憶がある。あと、旺文社文庫の長編の付録みたいな感じでの収録もあった。 だから、漱石の小品集の標題にはなじみがあったが、その一つである『永日小品』(1909)を読み通すのは…

黒島伝治のエッセイをいくつか

新編集の文庫には、エッセイもいくつか載っている。小説では技巧をみせる伝治も、ここでは素朴でぶっきらぼうだ。 「入営する青年たちは何をなすべきか」では、青年たちに、軍隊に入ることで兵器の使い方と組織的な動き方を学び、来るべきブルジョアジーとの…

『黒島伝治作品集』 岩波文庫 2021

絶版になっていた黒島伝治(1898-1943)の岩波文庫が、新しく編集されて出版された。以前にも書いたが、僕が最近になって黒島伝治のことを気にするようになったのは、代表作「渦巻ける烏の群」の題名によってだった。 ロシアが舞台の小説で、カラスの群れが…

『田園の憂鬱』 佐藤春夫 1919

読書会の課題図書。近代文学の名作としては、珍しく共感できず、良いところをみつけるのに苦労する作品だった。作者とおぼしき男(青年らしいのだが、初老くらいの雰囲気)とその愛人(これも古女房みたい)とが武蔵野のはずれの古民家で始めた生活の記録で…

『田舎教師』 田山花袋 1909

読書会の課題図書。田山花袋(1871-1930)が漱石(1867-1916)よりも若く、この作品も『三四郎』の翌年の出版なのに驚いた。何となく漱石以前というイメージがあったので。内容もみずみずしく、十分読み応えのあるものだった。モデルとその資料に助けられ…

『彼岸過迄』 夏目漱石 1912

読書会の課題で読む。日本文学の中で、漱石と村上春樹だけは、ちゃんと読んでおきたいとぼんやり考えていた。前者は、柄谷行人や佐藤泰正先生らの漱石論があるためだし、後者は親しい安部さんが好きだからという理由からだ。 自分の感想を作ったあとで、柄谷…

泉鏡花の戯曲を読む

学生の頃、図書館で泉鏡花全集を借りてきて、ところどころ読みかじっていた時期があった。法律の勉強にあきて、現代思想にのめり込む前の、ごく短い期間だったと思う。よくわからない言葉も多く、描かれる風俗習慣は別世界だ。しかし、読むとその作品世界に…