・・静かだった。甘藷の葉摺の
外、何も聞えなかつた。
私は自分の短い影を見なが
ら歩いてゐた。
かなり長いこと、歩いた。
ふと、妙なことが起った。
私が私に聞いたのだ。
俺は誰だと。名前なんか
符號に過ぎない。
一體、お前は何者だ?
この熱帯の白い道に
瘦せ衰へた影を落して、
とぼとぼと歩み行く
お前は?
水の如く地上に来り、
やがて風の如くに
去り行くであらう汝、
名無き者は?
※A4の原稿用紙一枚に、以上のように行分けして書き写したものが、父の遺品の中から見つかった。タイトルも引用元も書かれていなかったので、オリジナルかもしれないと思った。出典がわかったのは偶然だ。社報のエッセイとともに手書きの原稿をコピーして、父の葬儀の参列者に配った。晩年、この部分を書き写した父親の問いの重さに心を動かされる。