大井川通信

大井川あたりの事ども

SF・ミステリー

『世界でいちばん透きとおった物語』 杉井光 2023

中学生のビブリオバトルでチャンプ本となった本で、その縁で読書会の課題図書になった。作品そのものを成立させるアイデアというかネタがすべての小説であるので、ネタバレが前提というところで感想を書く。 おおざっぱに言うと活字の配置が前頁同じ(正確に…

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 フィリップ・K・ディック 1968

読書会の課題図書で読む。古い文庫本を持っていたが、きちっと読んだかどうか記憶が定かでない。映画『ブレードランナー』の印象が強すぎるためだ。 久しぶりに小説の世界に没頭できたような気がする。映画以上に原作がいい。徹底的に理詰めで論理的に構築さ…

『徳川家康が総理大臣になったら』 眞邊明人 2021

ビジネス小説と銘打っていて、本の作りが一見して文芸書とちがう。見出しの活字がやたらに大きかったり、大味の挿絵が見開きでのっていたりする。著者は、専門の作家ではなく、ビジネス研修講師をメインに、芝居の脚本、演出の担当もするという人だ。 まず僕…

『なめらかな世界と、その敵』 伴名 錬 2022

昨年の7月に東京に帰省したとき、おそらくは今はなき八重洲ブックセンターで購入した文庫本。前橋を初訪問して朔太郎を偲んだり、地元で従兄と飲んだりして楽しかった帰省の帰りの飛行機の中で読み始めた。 初めの三話を読んで、面白かったが、そこで読み止…

『輪廻の蛇』 ロバート・A・ハインライン 1959

ハヤカワ文庫での邦訳は、1982年の出版。昨年、映画の原作となった表題作の短編だけを読んでいたが、今回は全体を読了。その前に読んだディックの短編集の出来があまりよくなかったためか、それと比較して、一篇一篇の完成度が高く、バラエティもあって読み…

『変数人間』 フィリップ・K・ディック 1953

ハヤカワ文庫のデック短編傑作集の2冊目を読む。1冊目の『アジャストメント』はどれも粒ぞろいという印象だったが、今回は、ピンと来ずに〇△✕の三段階で✕をつける作品が多かった。僕のSF的な教養の乏しさが原因だとは思うが。 その中で、映画化もされた『…

『天のろくろ』 アーシュラ・K・ル・グィン 1971

フィリップ・K・ディックの短編集を一冊読んで、その着想と思索の深さに舌を巻いた。この短編集に収められた評論の中で、「すばらしい小説であるだけでなく、この世界の理解のために何より重要なもの」と彼が名指したのが、この作品だ。ル・グィンの作品は、…

『電気蟻』 フィリップ・K・ディック 1969

ハヤカワ文庫のディック短編傑作選を読む。どれも粒ぞろいでひきつけられるだけでなく、しっかりした哲学的な問いを背景に持っていることに驚く。自己とは何か。現実とは何なのか。他者や、あるいは神とどう向き合うのか。ディックがSF作家として高名なのに…

『闇の左手』(つづき)

古い小説を読む楽しみは、書かれた当時の世相や価値観を知ることにもある。当時の社会と向き合う作者の想像力の戦いを、時間を隔てた今の時点で再度とらえなおすという面白さがある。 これは、SF小説でも同じだろう。作者の未来構想は、当然ながら執筆当時の…

『闇の左手』 アーシュラ・K・ル・グィン 1969

課題図書で読む。自分ではまず手を出さないSFの名作を読めるのも、読書会のありがたさだ。とはいっても、あまりSFらしい作品ではなかった。 ずっと未来の地球からずっと離れた惑星が舞台で、そこに住む人類の文明の状態は、さほど発展していない。惑星では、…

『たったひとつの冴えたやりかた』 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 1986

読書会の課題図書。 表題作の第一話だけ読んだときは、子どもが主人公のためか「冒険」「友情」「自己犠牲」といった地上的で単純なテーマが透けて見える気がして、架空の世界を自由に楽しむ気にはなれなかった。 全体を通じて同じ難点は感じられるのだが、…

テッド・チャン その他の短編

『あなたの人生の物語』を含む短編集(2003 ハヤカワ文庫SF)について、再読に備えての覚書。一読後のメモのため、間違いや誤解を含む。 ◎『バビロンの塔』 バベルの塔が完成し、天に届いたという幻想的な設定を、天の表面を「掘りぬく」ために塔に登る鉱…