大井川通信

大井川あたりの事ども

『百万ドルを取り返せ!』 ジェフリー・アーチャー 1976

 読書会の課題図書。いわゆるエンタメ(娯楽)小説というのだろうか。読書会で扱うのは珍しい。いつもより楽に読めて楽しかったのだが、読書会を待たずに、読了とともに満足してしまった気がする。ハリウッドの娯楽映画を観終わった感じに近いだろうか。

ストーリーは面白く引き込まれたけれど、あまりにご都合主義的な展開と、わかりやすいキャラ設定のために、登場人物について感情移入したり、あれこれ考えたりする余白の無い感じだった。読書会で議論するためには、作品を自分の読みで補ったり、読み変えたりする部分が必要であることに改めて気づいた。

読み始めは、ハーヴェイのペーパーカンパニーにだまされて入社し、友人さえ裏切ることになる新入社員のデイヴィッドが可哀そうに思えたのだが、複雑な友人関係の葛藤など描かれることなく、詐欺の片棒をかつぐという役回りを終えて退場した後は、誰からも顧みられない。登場人物たちは、人格ではなく、あくまで舞台にいる限りでの役柄でしかないと、ようやく思い当たる。

オックスフォードへの寄付も、ゴッホの絵も、名医による手術も遅かれ早かれ明白な詐欺であることが判明する。ハーヴェイの経済犯罪ほどの手際ではないから、どれも犯罪として捜査されて、娘婿のジェイムズも犯人として検挙されるはずだ。大恥をかかされ裏切られた思いのハーヴェイが娘婿のジェイムズを許すとは思えない。にもかかわらず、なんでラストではみんなあんなにのん気で幸福なのか・・・・というような「舞台」や「設定」の外部を詮索したりするのは、野暮なのだろう。

読書会の課題で、「あなたならどんな方法でハーヴェイから金を取り返しますか」というものが出たので、考える。 

ハーヴェイの主戦場である金銭欲の戦いでは、4人組は完敗だったけれども、各人の専門分野である物欲(絵画商)、健康欲(医者)、名誉欲(学者)、家族愛(娘婿)のフィールドで、それぞれハーヴェイを攻略することができた。

彼は手術直後に看護師にセクハラするくらい性欲が強いし、容姿にはかなりコンプレックスを持っているみたいなので、正攻法の色仕掛け(恋愛感情を信じさせて金を巻き上げる)が通用しそうな気がする。

現代を舞台にしているが、登場人物全員が自分のもてる能力の限りを使い、対等のプレーヤーとしてお金をめぐって争って、最後はめでたしめでたしという資本主義社会のおとぎ話みたいな小説なのだろう。ただし現代といっても、ネット以前の新聞と電話しかなかった時代の話で、今ならネットで検索さえしたら4人組のたくらみなど簡単に見破られそうだが。