大井川通信

大井川あたりの事ども

読書会の作法

僕が毎月参加している読書会では、参加者は事前に課題図書を読んで、課題レポートを提出しないといけない。今回の課題の中に、身近な事柄をユーモラスに描くというものがあったので、主宰の人となりの魅力について書いてみた。

今は読書会もブームとなっているようだが、参加者がそれぞれ自分の好きな本を紹介しあう会やビジネス書を読む会など、手軽で役に立つ系統のものが多い。文学書を扱って、しかも課題レポートの提出が必要などというと、面倒くさく堅苦しい会のようだが、実際の雰囲気は自由で開かれたものだ。

これには、考え抜かれた運営方法とともに、主宰者の具体的な立ち居振る舞いによるところが大きい。僕も三年前に一度だけ様子を見ようと参加して、その魅力に取りつかれてしまい、ほぼ皆勤賞の常連の参加者になってしまった。

おかげで苦手だった小説もずいぶん読めるようになった気がする。主宰のNさんには、感謝とリスペクトしかなく、以下の文章にそれ以外のものが感じられたとしたら、それは誤解以外の何物でもありません。(ちなみにNさんは、某国立大学でカント哲学を専攻した才媛です)

 

某読書会主宰のNさんくらい、読書会を主宰するのにふさわしい人物はいない。参加者への気遣いと雰囲気づくりが半端じゃないのだ。並みの主宰なら、作家や作品への見識を誇って、自分を立派に見せようとするだろう。しかし、これでは参加者が委縮してしまう。Nさんは冒頭、まるで何の準備もしていなかったかのように、毎回ウキペディア(!)で信じられないくらいたどたどしく作家を紹介し、「だいたいこんな感じです!あとは読んどいてください」となげやりに言って、参加者をあぜんとさせる。しかしこれで、発言のハードルがどーんと下がるのだ。

本好きなら、どうしても自分の意見や読みにこだわりがでて、厳しい意見も言いがちになる。しかし、Nさんは誰のどんな発言に対しても、小声で、「それ面白い」「あ、いいな」「なるほどなるほど」とささやき続けるのだ。よく聞いていると、決まった言葉を順番に繰り返しているだけなのだが、参加者からすると、とても気持ちよく発言を促されることになる。

そんなNさんも、会の途中で、突然どや顔で自慢を始めることがある。しかしもちろんこれも計算だ。よく聞いていると、その自慢は、今回は作品を二回読んだ、とか、自分の意見(「N説」と勝手に自分の名前で命名)に賛同者が多い、とかのたわいもない内容だ。本好きにありがちな、専門的な知識や読書歴を自慢するものでは決してない。おかげで参加者は失笑・脱力し、のびのびと自分の言葉を口にすることができるのだ。