大井川通信

大井川あたりの事ども

タクシー病院突入事件(事件の現場9)

次男を検査のために博多の原三信病院に連れていく。この病院は、タクシー暴走事件の現場になったことと、その不思議な名前で記憶に残っていた。原三信(はらさんしん)というのは、福岡藩の範囲が代々襲名する名前で、現在の病院は、第13代原三信が、1902年に九州初の私立病院として開設したものだ。

4年前の2016年12月、この由緒ある病院入口付近に暴走タクシーが突っ込み、3人が死亡し、7人が重軽傷を負う事件が起きた。当時は、高齢者の運転ミスによる事件が社会問題となった時期であり、そのくくりで大きく報道されたと思うが、実際には加害者はそこまで高齢でない64歳のプロの優良ドライバーだった。

病院は、大通りと並行する細い道路に面しており、その長い直線道路の突き当りに病院の建物のガラス張りのラウンジが見えるという、ちょっと独特の景観だ。実際には道が路地のようなクランクになっているのだが、そこに運転操作を誤ったタクシーが突入したのだ。90キロ近い速度だったという。

病院は何事もなかったように、営業をしている。今は、コロナ対策でちょっとものものしい。当時の事件映像では、タクシーは病院入口脇のテラスを横切って、ラウンジに突っ込んでいるのだが、被害者には小学生の子どもを後に残した両親もいた。

施設は事件の痕跡を拭い去って、全く元のように修復されている。それは当然だろう。病院玄関に個別の死の記録を残すのは、ふさわしくない。そもそも病院自体が、人間の生死にかかわる巨大なモニュメントなのだから。

病院へと続く直線道路の入り口あたりに万四郎神社という小さな社がある。江戸時代の初めに海外との密貿易で処刑された博多商人の幼い子どもの魂をまつった神社だという。死の形、鎮魂の形は変わっても、人間が死に取りつかれた存在であることを変わりはない。そんなことを考えながら手を合せた。