大井川通信

大井川あたりの事ども

批評

フォークナー『八月の光』を読む

ひょんなきっかけで、長年の念願だったウイリアム・フォークナー(1897-1962)の代表作を読むことができた。あやうく本屋で買いかけたが、運よく蔵書の中で文庫を見つけることができた。2000年に「新潮文庫20世紀の100冊」という企画の中の、1932年刊行の一…

村田沙耶香を読む

若いころは、講演会にいくのが好きだった。有名無名にかかわらず著書にサインをもらうのも楽しみで、コレクターのように(寺社の朱印帳のように)集めていた気もする。いつの間にか、講演にもサインにもこだわりがなくなってしまった。 知人に紹介されたのを…

『仮面の告白』 三島由紀夫 1949

三島の自選短編集を読書会の課題図書で読んだのだが、どこにもひっかかるところがなく、付せんも貼れなかった。小説でもこんなことは珍しい。これでは読書会でしゃべることがない。 それで大慌てで、手持ちの『仮面の告白』を読んでみた。こちらは面白く、付…

『吾輩は猫である』を読み通す

読書会の課題図書。 高校三年の受験勉強の息抜きで、なぜかそれだけ手元にあったポプラ社版少年少女文学全集の『吾輩は猫である』(上巻)を繰り返し読んで、笑いのセンスを磨いた。その後何度か全編読み通そうとするも挫折。今回読了して、やはり小ネタの面…

『新版 フジタよ眠れ』 菊畑茂久馬 2021

読書会の課題図書。会の中では、僕は、著者の批評的な骨格が当時の日本の批評の成果を受け継ぐものであることと、著者の反国家主義がイデオロギーではなく九州での土着の生活に基づく体質的なものであること、等の発言をしたが、やや消化不良の感じだった。…

注目記事のこと

細々と続けているブログだけれども、どんな記事が読まれているか少しは気になる。アクセス数も気にならないことはないが、それを増やす努力もしていないので、読んでくれる人がいるだけで十分だろう。 ブログの心がけは、「毎日書く」「好きなことを書く」「…

独歩の『置土産』を読む

国木田独歩(1871-1907)の『置土産』(1900)は、名作『武蔵野』で「社会というものの縮図」を見ることができると指摘された「郊外」を舞台にした短編小説である。 舞台は小さな田舎町の町はずれにある茶店だ。三角餅という名物を売って繁盛している茶店の…

『田舎教師』 田山花袋 1909

読書会の課題図書。田山花袋(1871-1930)が漱石(1867-1916)よりも若く、この作品も『三四郎』の翌年の出版なのに驚いた。何となく漱石以前というイメージがあったので。内容もみずみずしく、十分読み応えのあるものだった。モデルとその資料に助けられ…

働くことについて(その3 暁の超特急)

【暁の超特急】 小学校の頃、年に一度、大きなグラウンドを借り切った会社の運動会があっていろいろな景品をもらうのが楽しみだった。また実業団の都市対抗野球に出場するときには、後楽園に観戦にでかけて派手な応援に目をみはった。カワイガッキなどという…

働くことについて(その2 あるカタログ)

【あるカタログ】 玉乃井プロジェクトの資料の展示コーナーには、玉乃井旅館のパンフレット等の営業の資料の他に、安部さんの家族のアルバムや記念の品物などが並べられている。その中に安部さんのお母さんが手元に置いていたような、日常の生活の書類を整理…

働くことについて(その1 六反田)

★2006年の玉乃井プロジェクトが、僕の作文にとって転機になったことを以前に書いた。プロジェクトの成果物である日本海海戦記念碑をめぐる文章は、以前に紹介している。プロジェクトと並行して開始していた9月の会で、もう一つ、自分にとって大切な文章を書…

見つめること、そして肯うこと(安部文範『菜園だより』の世界)

安部さんと知り合ったのは、『菜園便り』の通信が始まる少し前の頃だったと思う。ある会合で定期的に顔を合わせたことをきっかけとして、自宅にも時々お邪魔するようになった。 たいていは夜だったから、旧玉乃井旅館は、奥でお父さんの起居するわずかな気配…

『哲学とは何か』 竹田青嗣 2020

読書会の課題図書でなかったら、竹田さんの新著を手に取ることはなかっただろう。しかし、せっかく読むなら、竹田さんの本の「本質」についての自分なりの新しい納得をみつけたいと思った。竹田さんを新しく読むメンバーが、はたしてこの本を「面白い」とよ…

『李陵・弟子・山月記』 中島敦 1967(旺文社文庫)

1979年の第38刷。1981年2月20日の購入日の書き込みがある。大学1年、19歳の時だ。まさか40年後に手に取って読み直すなんて考えてもいなかっただろう。 以前なら、活字の大きい読みやすい紙面の文庫に買いなおして読んだだろうが、今となっては旺文社文庫は貴…

梅崎春生を読む

安部さんと話しているとき、梅崎春生(1915-1965)が話題になった。梅崎は、戦前津屋崎の療養所にいたことがあったという。『蜆(しじみ)』とかいいよね、と安部さん。それで、短編の『蜆』を読むと、なかなか良かった。 古い外套をめぐって、それをもらっ…

乱歩と十三

海野十三(1897-1949)の短編集を読み切った。少年時代からその名前に不思議な魅力とあこがれを抱いていた作家だから、実際に読むことができてよかった。しかし一冊読んだ限りでも、むしろ同時代の江戸川乱歩(1894-1965)の偉さを実感してしまう。 たとえ…

『機械』 横光利一 1930

読書会の課題で読む。僕の中では、横光利一(1898-1947)には芥川に続く知的な作家のイメージがあって、いつかしっかり読みたいと思っていた。それで、今回新潮文庫の短編集を読み通したけれど、どれも面白かった。読書会に感謝。 しかし、その中でも『機械…

目羅博士vs.海野十三

海野十三(1897-1949)の短編集を読んでいたら、ここにも目羅博士に挑戦するかのように、人間の模倣欲望をたくみに利用した犯人がいた。残念ながら名無しなので、ライバルとしては作者の名前を借りることにする。 海野十三は、僕が子どもの頃、江戸川乱歩が…

目羅博士vs.美学者迷亭

漱石の『吾輩は猫である』を読んでいたら、美学者の迷亭が、こんなエピソードを話している場面があった。 散歩中、心細い気持ちになって、ふと気づくと、「首掛けの松」の下に来ていた。昔からの言い伝えで、この松のところにくると誰でも首をくくりたくなる…

『月』(辺見庸 2018)を読む・続き

前回、この小説が、言葉をもたない重度の障害者の存在に肉薄するものでないことを指摘した。そのために、この小説においては、意識や人格の有無が単純な二分法でとらえられていて、それは「さとくん」の殺人の論理と少しも変わっていないのだ。 著者の無自覚…

『月』( 辺見庸 2018)を読む 

読書会の課題図書。いつものように会合の数日前に読み始めて、ぎりぎり読み切るつもりだったのだが、冒頭を読んで、今回ばかりは参加を断念しようと思った。とびきり読みにくい上に、そういう叙述を選ぶ著者の意図に、まったく賛成できなかったからだ。 しか…

『夢野久作 迷宮の住人』 鶴見俊輔 1990

『ドグラ・マグラ』を一気に読み切った余勢をかって、15年前に購入したこの本の文庫版を読んでみた。 夢野久作(1889-1936)に関する諸事実をひととおりおさらいするのにはよかったが、夢野久作や『ドグラ・マグラ』のことが深く分かった、という気はしなか…

『スローターハウス5』 カート・ヴォネガット・ジュニア 1969

読書会の課題図書。コロナ禍で読書会がいくつかながれたため、少し間を空けたら、もともと苦手だった小説を読むスピードが、ふたたび遅くなっていた。そういうものだ。 「トラファマドール星人」は、時間を全体としてながめるために、一つ一つの出来事を過ぎ…

『目羅博士』再論

乱歩の『目羅博士』についてもう一言。 元ネタといわれる二編の小説を読んでみて、この模倣をテーマにした小説が、いかに模倣されたかという問題に興味を持つ人がけっこういることに気づいた。最近では、研究論文まで書かれていて、ネットで読むこともできる…

目羅博士vs.いたち婆

目羅博士の試練はつづき、蜘蛛女との対決の次は、「いたち婆」というあだ名の奇怪な老婆が相手となる。いたち婆が登場するのは、エルクマン・シャトリアンの短編『見えない眼』(1857)である。 前回の対決作品エーヴェルス『蜘蛛』(1908)よりさらに半世紀…

目羅博士vs.蜘蛛女

江戸川乱歩の短編『目羅博士』(1931)が好きだったので、乱歩自身が着想を借りたと告白しているエーベェルス(1871-1943)の『蜘蛛』と読み比べてみたいとずっと思っていた。 エーベェルスの短編も、実際に起きたパリのホテルでの連続殺人事件を下敷きにし…

『方舟さくら丸』 安部公房 1984

読書会の課題で読む。といっても小説を読む会ではなく、ふだん評論を読む読書会の方で、足掛け25年くらい関わっているが、小説は初めてかもしれない。難敵ぞろいの参加者だから、報告者ではないけれども、少し念入りに読んだ。読後の印象をメモしておこう。 …

近ごろ売れている本について

『ケーキの切れない非行少年たち』が売れ続けているらしい。ベストセラーになる前に手に取って、このブログにも感想を書いたけれども、それほど良い本だと思わなかった。 もちろん専門家による大切な知見が得られる本だ。ただ、この本の売りである「ケーキの…

予言をめぐって(『第四間氷期』 安部公房 1959)

安部公房(1924-1993)の『第四間氷期』(1959)を読む。 題名から、勝手にスケールの大きくてスマートなSF活劇みたいなものを想像していたのだが、50年代の安部作品らしい、ねちっこい対話で構成された、不気味に歪んだイメージの話だった。 この小説で重要…

怒りのゆくえ(その2)

昨年、エコノミストの野口悠紀雄(1940-)の『戦後経済史』を読んで、いい本に出会えたと、とても感心した。偶然、山家さんと同じ1940年生まれ、名前も同じユキオである。野口さんの本の後半は、今回の山家さんの平成経済史と重なっている。その部分を読み…