大井川通信

大井川あたりの事ども

批評

『水中の哲学者たち』 永井玲衣 2021

読書会の課題図書だが、三分の一強読んだところで挫折してしまった。拒絶反応が起きてしまったのだ。普通考えたら、哲学研究者が哲学対話に関わりながら考えたことを、実体験に即して読みやすい文章とわかりやすい比喩で書いている素直な本だから、スラスラ…

『魂を考える』 池田晶子 1999

ふと書棚のこの本が気になってカバンに入れて持ち出し、朝のファミレスで読んでみた。ページを開くのは20年ぶりくらいだろう。 池田晶子(1960-2006)は、僕と同世代の哲学系の書き手だ。といっても研究者ではなく、哲学の思考そのものを生きた人といってい…

『目的への抵抗』 國分功一郎 2023

読書会の課題図書で新潮新書の一冊を手に取る。当代の人気哲学者だから、同じ読書会で扱うのも4冊目になるが、どうも僕は著者とそりがあわない。肝心なところで議論に大きな欠落というか死角があるのが気になってしようがないのだ。 本書は、高校生や大学生…

『現代日本の思想』 久野収・鶴見俊輔 1956

学生の頃から知っていた本。その頃すでに四半世紀前の出版だったし、最新の現代思想ブームの渦中だったから、人気思想家の名前が出てこないひどく古臭い本だと思っていた。 しかし、今読み返すと、とても新鮮で役に立つ内容だった。 一つには、敗戦からわず…

『正義の教室』 飲茶 2019

学芸大の大村龍太郎さんから薦められて読む。課題図書が渋滞していて、ずいぶん遅くなってしまったが、面白く読みやすかった。 様々な哲学説の解説がベースになっているのだが、もしこの内容が普通の入門書として書かれていたら、途中で退屈して投げ出してし…

饒舌と沈黙 -安部文範小論-

安部さんについてはこのブログでもいくつか記事を書いてきたが、そこで触れていなくて最近になって気づいたことがある。とても重要な点なのに今まで思い至らなかったのだ。 安部さんは社交家でパーティー好きでおしゃべりな面も目立っていたが、自分自身にと…

森崎和江を読む(勉強会レジュメ用編集版)

【『まっくら-おんな坑夫からの聞き書き』 森崎和江 1961】 どんな悲惨な労働や生活が語られていても、著者のインタビューを受けるのは、それをこなして生き延びてきた精神的な強者たちである。「その姿には階級と民族と女とが、虹のようにひらいている」女…

『日本断層論』 森崎和江・中島岳志 2011

日記をみると、僕は2012年の1月11日に、福岡女子大で森崎和江さんの講演を聞いている。その時、この対談本にサインをいただいて、宗像在住だというと気軽に「あそびにいらっしゃい」と声をかけてくれた。 その2年後の2014年3月24日に、隣町の里山を縦走して…

『〈私〉の存在の比類なさ』を読む ー「名探偵ゲーム」で哲学するー 2010.10.22報告

【哲学の内と外】 永井均は、この本の中で、〈私〉をめぐる問題を、様々な哲学説を経由しながら哲学の語りで提示している。たしかに永井自身、子ども時代に気づいたこの問題を、哲学の専門的な勉強を通じてようやく理解できるようになったと別の本で語ってい…

『えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる』を読む 2009.8.21読書会報告

▼はじめに 小山田咲子さんのブログ日記は、たぶん誰が読んでも「楽しくて、勇気をくれて、考えさせられ」る文章だろうと思う。ただ、これは、多くのブログの書き手に比べて、相対的に小山田さんの書くものが優れているということにすぎないのだろうか。それ…

『知覚の呪縛』を読む(その3 ワラ地球)2007.4.20報告

Ⅲ 通勤空間 -ワラ地球への入り口としての- 【通勤空間のヒトカタ・イエカタ】 昨年から筑豊の田舎の事務所に職場が変わったので、車通勤になった。それまでは福岡駅や天神を経由して、人ごみを掻き分けて出勤していたのだ。ひさしぶりに天神に出たとき、行…

『知覚の呪縛』を読む(その2 概要)2007.4.20報告 

【序】 ▽精神分裂病という命名に対応するような、固定された実体としての精神的異常態は存在しない。途方も無い背理の渦巻きとして生きる病者の全体に迫ろうとする行為において、分裂病という名称を適切に用いることができる。(見てばかりではいけない。聴…

『知覚の呪縛』を読む(その1 読むこと)2007.4.20報告

【読書会の経験から】 学生時代から、友人との読書会、勉強会が好きだった。特別な本好きではなかったから、その時々に関わった会への参加がなかったら、卒業後に本を読み続けることはできなかっただろう。この読書会に参加してからも、10年が経つ。一般の…

『嗤う日本の「ナショナリズム」』を読む(その2)2005.12.16報告

2.概要 序章 ○二つの二律背反 2005年・「電車男」…お仕着せの感動物語を嗤いつつも、感動を求めずにはいられない2ちゃんねらー(2チャンネルの投稿者)たちが作りだした「純愛物語」。・ 窪塚洋介…代替不可能な「この私」のリアルの前に、ロマンティ…

『嗤う日本の「ナショナリズム」』を読む(その1)2005.12.16報告

※本書は、2005年の出版で、当時はかなり話題になった。社会学者北田暁大(1971-)の著書。出来の良いレジュメではないが、自分史をからめて丹念に読んだことで新鮮な手ごたえがあった記憶がある。 1.はじめに ▼「反省史」という規定この書物で、「反省」…

『燃エガラからの思考』 柿木伸之 2022

読書会の課題図書。著者を交えた少人数の読書会で議論できたのは、得難い機会で大変刺激を受けた。吹雪の中、二次会も居酒屋に場所をかえて継続して話をすることができた。 実際、著者を目の前にしての読書会というのは難しい。今までも、何度も失敗して痛い…

村田沙耶香を読む

若いころは、講演会にいくのが好きだった。有名無名にかかわらず著書にサインをもらうのも楽しみで、コレクターのように(寺社の朱印帳のように)集めていた気もする。いつの間にか、講演にもサインにもこだわりがなくなってしまった。 知人に紹介されたのを…

『新版 フジタよ眠れ』 菊畑茂久馬 2021

読書会の課題図書。会の中では、僕は、著者の批評的な骨格が当時の日本の批評の成果を受け継ぐものであることと、著者の反国家主義がイデオロギーではなく九州での土着の生活に基づく体質的なものであること、等の発言をしたが、やや消化不良の感じだった。…

注目記事のこと

細々と続けているブログだけれども、どんな記事が読まれているか少しは気になる。アクセス数も気にならないことはないが、それを増やす努力もしていないので、読んでくれる人がいるだけで十分だろう。 ブログの心がけは、「毎日書く」「好きなことを書く」「…

働くことについて(その3 暁の超特急)

【暁の超特急】 小学校の頃、年に一度、大きなグラウンドを借り切った会社の運動会があっていろいろな景品をもらうのが楽しみだった。また実業団の都市対抗野球に出場するときには、後楽園に観戦にでかけて派手な応援に目をみはった。カワイガッキなどという…

働くことについて(その2 あるカタログ)

【あるカタログ】 玉乃井プロジェクトの資料の展示コーナーには、玉乃井旅館のパンフレット等の営業の資料の他に、安部さんの家族のアルバムや記念の品物などが並べられている。その中に安部さんのお母さんが手元に置いていたような、日常の生活の書類を整理…

働くことについて(その1 六反田)

★2006年の玉乃井プロジェクトが、僕の作文にとって転機になったことを以前に書いた。プロジェクトの成果物である日本海海戦記念碑をめぐる文章は、以前に紹介している。プロジェクトと並行して開始していた9月の会で、もう一つ、自分にとって大切な文章を書…

見つめること、そして肯うこと(安部文範『菜園便り』の世界)

安部さんと知り合ったのは、『菜園便り』の通信が始まる少し前の頃だったと思う。ある会合で定期的に顔を合わせたことをきっかけとして、自宅にも時々お邪魔するようになった。 たいていは夜だったから、旧玉乃井旅館は、奥でお父さんの起居するわずかな気配…

『哲学とは何か』 竹田青嗣 2020

読書会の課題図書でなかったら、竹田さんの新著を手に取ることはなかっただろう。しかし、せっかく読むなら、竹田さんの本の「本質」についての自分なりの新しい納得をみつけたいと思った。竹田さんを新しく読むメンバーが、はたしてこの本を「面白い」とよ…

乱歩と十三

海野十三(1897-1949)の短編集を読み切った。少年時代からその名前に不思議な魅力とあこがれを抱いていた作家だから、実際に読むことができてよかった。しかし一冊読んだ限りでも、むしろ同時代の江戸川乱歩(1894-1965)の偉さを実感してしまう。 たとえ…

目羅博士vs.海野十三

海野十三(1897-1949)の短編集を読んでいたら、ここにも目羅博士に挑戦するかのように、人間の模倣欲望をたくみに利用した犯人がいた。残念ながら名無しなので、ライバルとしては作者の名前を借りることにする。 海野十三は、僕が子どもの頃、江戸川乱歩が…

目羅博士vs.美学者迷亭

漱石の『吾輩は猫である』を読んでいたら、美学者の迷亭が、こんなエピソードを話している場面があった。 散歩中、心細い気持ちになって、ふと気づくと、「首掛けの松」の下に来ていた。昔からの言い伝えで、この松のところにくると誰でも首をくくりたくなる…

『月』(辺見庸 2018)を読む・続き

前回、この小説が、言葉をもたない重度の障害者の存在に肉薄するものでないことを指摘した。そのために、この小説においては、意識や人格の有無が単純な二分法でとらえられていて、それは「さとくん」の殺人の論理と少しも変わっていないのだ。 著者の無自覚…

『月』( 辺見庸 2018)を読む 

読書会の課題図書。いつものように会合の数日前に読み始めて、ぎりぎり読み切るつもりだったのだが、冒頭を読んで、今回ばかりは参加を断念しようと思った。とびきり読みにくい上に、そういう叙述を選ぶ著者の意図に、まったく賛成できなかったからだ。 しか…

『夢野久作 迷宮の住人』 鶴見俊輔 1990

『ドグラ・マグラ』を一気に読み切った余勢をかって、15年前に購入したこの本の文庫版を読んでみた。 夢野久作(1889-1936)に関する諸事実をひととおりおさらいするのにはよかったが、夢野久作や『ドグラ・マグラ』のことが深く分かった、という気はしなか…