大井川通信

大井川あたりの事ども

身体

当事者運動黎明期の一風景

『当事者主権』を読みながら気になったことがある。どんなささやかな体験でも歴史の断片に触れていないことはないだろう。今回、僕自身のかかわりを、昔の手帳とノートを取り出して調べてみたので、また記憶が雲散霧消する前にメモしておこう。 大学3年の終…

やせない男

昨年5月にコロナに感染した。今は第6波の終息がみえないところだが、当時は第4派。オミクロンなんてやわな株が蔓延するまえで、まだワクチンもない状況だった。 最悪のデルタ株に出回る直前だったが、僕たち家族が感染したのは走りのデルタ株だったと思っ…

牡蠣フライにあたる男

だいぶ前に、生ガキでも焼きガキでもなく、カキフライ定食の牡蠣にあたったことがある。冗談のようだが、その時の症状からみて間違いないと思う。 今回も間食禁止の禁を破って、スーパーでカキフライ三つの半額パックを購入し、店内でパックを開封し、三つを…

めまいと全健忘(眩暈その5)

僕には、めまいの他に、その翌年くらいに起きた一過性全健忘の発作がある。こちらは大きい発作が二度と、軽い発作が数回くらい起きている。めまいより回数は少ないが、起きた時の深刻度ははるかに大きい。 おおざっぱにいって人間の記憶は、短期記憶とそれよ…

めまいの経過(眩暈その4)

その後もめまいとの付き合いは不定期に続く。 たとえば、2007年の3月23日、4月5日、4月11日にめまいが続いたというメモがある。この時は年度替わりの仕事上の繁忙期に加え、美術プログラムと読書会の準備とめいっぱいで頑張っていたときだ。身体や精神の疲労…

めまいの始まり(眩暈その3)

はじめてめまいに襲われたのは、今から20年近くまえの2004年のことだったと思う。その前の数年が仕事が一番きつい時期で、仕事終わりが終電に間に合わないことも普通だったし、1週間の平日で合計10時間しか寝る時間がとれなかった時もあった。責任は重いが、…

めまいの近況(眩暈その2)

めまいはしばらくなかったと思っていたけれども、ざっと日記を見返すと、昨年の正月に(2020年1月4、5日)に軽めの発作が出ている。軽い場合だとあまり記憶に残らない。 その前であれば、さらに2年間さかのぼって、2018年の2月3日に強い発作が出て、朝から昼…

めまいの襲来(眩暈その1)

午前中、かなり神経を使う出張の仕事があったからかもしれない。昼前に職場に戻っても、なんとなく気分がすぐれない。耳鳴りもひどくなって、何かが来そうだと思っているうちに、はっきりとめまいの兆候が表れた。 机にすわっていても、立ち上がれなくなるほ…

ノルアドレナリンとアセチルコリン

登録販売者の試験勉強では、人体の構造や働きの分野も出題範囲になる。あらためて、身体の内部については、これだけ身近なものであるにもかかわらずごく初歩的な知識すらないことを痛感する。人間にかかわること全般にはそれなりに知識や思索を積み重ねてき…

車をまたこする

4月に自宅の駐車場のブロック塀で車をこすってしまい、修理に出した。この家に住んでから20数年間、おそらく一万回以上駐車場で車を出し入れしてきて、入り口のブロック塀に車体をあてたことは一度もない。 おそらく、ハンドルを切るタイミングとかに、微妙…

試験にこだわる理由

実をいうと、退職をきっかけに転職する計画の予定が変更になってしまった。コロナ肺炎回復後の高揚した思いから、相手方に強引にお願いしていた無理が判明してしまったことと、研修などを通じて介護業界で職を得ていく厳しさを知ったことによる。 しかし、介…

更新が遅れている理由

ずいぶん毎日の更新が遅れている。 四年前にブログを始めてから、これはちょっと記事の更新は厳しいかもと初めて思ったのは、三年前母が亡くなったときだった。その頃は遅れた分を日付だけさかのぼって書くなんて邪道は思いついてもいない時期だったので、な…

薬局をうろつく

実は、自分の進路の件で、いろいろ事情の変更が生じて落ち着かない。本来未来は不確定なのだから、何か新しいことを始めようとするときに、予想外の事態に直面するのはやむを得ないことだろう。 こういう時は、たんたんと確実に前に進める作業をやるのが、精…

コロナワクチン2回目

ぴったり3週間後の同時刻に、新型コロナワクチン接種のために指定された会場に夫婦で乗り込む。前回と同じように、指定時刻よりずっと早く人が集まっており、15分前には係員からの説明が始ってしまう。 南国の人間の時間のルーズさ(いわゆる博多時間)はい…

『新型コロナワクチン 本当の「真実」』 宮坂昌之 2021

8月に出版されたばかりの、免疫学者による最新の新型コロナウィルスとワクチンの解説書。題名は暴露本みたいだが、読むとおのずから、信頼できる専門家による信頼できる著作であることがわかる。 僕は自分の新型コロナウィルス感染症の治療を契機として、も…

『セクシィ・ギャルの大研究』 上野千鶴子 1982

上野千鶴子(1947-)の処女作。光文社のカッパブックスの一冊で、カバーに山口昌男と栗本慎一郎の推薦文がのっているというのも、何とも時代を感じさせる。両者とも前時代的な冗談を駆使して、この本の画期性や面白さを絶賛しているところも。 森岡正博の『…

『感じない男』 森岡正博 2005

新刊の当時、ほぼ読了して面白いと思っていた本を再読する。予想以上に引き込まれて一気に読めた。昨日の日本建築史の本もそうだったが、自分が本当に感心がある分野ですぐれた専門家が書いた本を読むことは楽しい。 自分の「中心軸」を探すために行う読書で…

不器用さについて

自分のこれまでとこれからを考えていく上で、避けられないテーマは、自分の「不器用さ」ということだ。不器用なことが、いろいろネックになってきたというだけでなくて、これは自分の本質的なところに根差した特徴であるような気がする。 一朝一夕で直るもの…

『背骨コンディショニング』 日野秀彦 2014

今回のコロナ禍を体験して、自分が身体によって支えられていること、というかそもそも身体そのものであること、にもかかわらず、従来それをブラックボックスにしてしまって、それを故意に無視して暮らしてきたことを痛感した。 このブラックボックスをこじあ…