大井川通信

大井川あたりの事ども

メガネをおとす

僕はいろいろな失敗をするが、まさか歩いていてメガネを落とすとは思わなかった。通勤電車で本を読むためにワイシャツの胸ポケットに100均で買った老眼鏡を入れている。その入れ方が甘かったのだろう。通勤路の公園遊歩道を歩いているとき、カチッという音がしてアスファルトに落ちてしまった。

いや、音がした時には、まだ何が落ちたのかもわからない、というより自分がモノを落としたという自覚もなかった。ただ瞬間的に気になってふり向くと、道にメガネが落ちている、見覚えがあるメガネだ、あれは自分のだ、と方向転換してメガネをひろいに戻りながら、とっさにそう考えた。

ところが、僕のちょうど真横を歩いていた女性がいて、おそらくメガネが落ちる音に反応して、僕のように振り返った。彼女はふり向いた瞬間か、少なくとも近づきながらそれが自分のものではないと判断できたはずだ。

しかし彼女は、年齢的に僕より身のこなしが素早いという理由で、僕より先にメガネの落ちた場所に立ち戻って、それをひろい、後から来た僕にそれを手渡してくれたのだ。

僕はありがたく思ってお礼を言ったが、マスク越しにみる彼女の表情は硬いままだったと思う。それは柔かい好意から彼女のふるまいが引き起こされたのではないことを物語っていた。

たとえば、目の前の人が何かモノを落としてしまって、本人がそれに気づいている場合でも、自分の方が明らかに早く手を伸ばせるような場合には、ほとんど無意識のうちにかわりにひろってあげてしまうだろう。彼女のふるまいはそれだったのだと思う。

ただし今回は、二人が方向転換して競うようにひろいに戻ったという点で、やや不自然で奇妙に思われただけなのだろう。彼女の硬い表情は、反射的に行ってしまった自分のふるまいに対する戸惑いの表れだったような気もする。

 

 

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