大井川通信

大井川あたりの事ども

美術

キスリングの肖像画

僕が美術館に行く習慣がついたのは、30歳過ぎてからという晩熟(おくて)だったが、それでももう四半世紀、めぼしい美術展をチェックしていることになる。 そうすると、有名どころの気になる画家については、たいてい回顧展を観る機会があった。キスリング(…

「玉乃井展」を観る

安部文範さんは、毎年のように自宅である旧玉乃井旅館を開放して、現代美術展を開催してきた。僕も十数年前に、玉乃井での美術展の企画に参加して、貴重な経験をさせてもらっている。複数の作家が、旧旅館の各部屋を使って、それぞれの作品を展示するのがふ…

作文的思考と「記憶通信」

玉乃井プロジェクトでは、現代美術というふだん縁遠いジャンルの作家たちと親しく接することができた。現代美術の作品から刺激を受けたり、その内容を実際に作文にしたりすることを通じて、自分の作文の間口を広げることにつながったような気がする。 参加作…

日本海海戦記念碑をめぐって・番外編【鉄の船、石の船、そして紙の船】

★玉乃井プロジェクトから10年後の現代美術展で、渭東節江さんが船と塩をモチーフにした作品の展示を行った。それに刺激を受けて書き、玉乃井での勉強会で報告したもの。 【鉄の船、石の船、そして紙の船】/「9月の会」2017.5.4戦前、安部正弘は、津屋崎の…

ゴッホの絵

社会人になってすぐに買った箱入りのゴッホの画集を、実家の書棚にずっと置きっぱなしにしていた。高いものではないが、何となく取り寄せて手元に置く気にならなかった。今回実家を処分することになって、そのまま廃棄するつもりだったのだが、急に捨てるに…

高島野十郎の絵

福岡県立美術館に高島野十郎(1890-1975)の展覧会を見にいく。大規模な回顧展を見逃したりしていたので、ずいぶん久し振りに彼の絵を観た。 知り合いの現代美術家が高島野十郎の絵とかつまらない、と言っていたが、何の変哲もない風景画としてみればそのと…

「とはすかたり-学舎の肖像-」 鈴木淳 ×AQAプロジェクト 2019

僕の実家は、某国立大学の近所にあったから、うっそうと樹々の茂ったキャンパスを遊び場にして育った。林の中や芝生の上には、学者たちの古びた半身像や全身像があって、その台座の周囲をぐるぐると走りまわった。彼らが生前どんな人物だったかなどとは、考…

茶碗の中

奈良国立博物館で、国宝の曜変天目の茶碗をみた。焼き物には知識も関心もなかったのだが、曜変については、一昨年、その再現に取り組んでいる陶工のドキュメンタリーを見て、心をうたれた。その後、人気鑑定番組で、新発見という触れ込みの曜変の真贋論争が…

『「太陽の塔」新発見!』 平野暁臣 2018

以前から、岡本太郎が気になっていた。彼の画集や評論を持っているし、展覧会も見たし、青山の記念館にも行った。ガチャポンの小さな作品模型もいくつかあるはずだ。しかし、彼が好きとは、表立っていいにくい。 この本を読むと、万博と太陽の塔の成功によっ…

万博記念公園を歩く

大阪の行く用事があったので、万博記念公園まで足を伸ばして、太陽の塔を見た。はじめてのことだ。内部公開の予約もしていたので、待ち時間、太陽の塔のスケッチをしたりした。塔は、外観、内部ともとてもよかった。そのことについては、別に書きたい。 塔に…

フェルメールの部屋

いつの間にか、フェルメール(1632-1675)が大人気で、展覧会のチケットに日時指定があるのには驚いた。10年前に、やはり上野でフェルメールの作品を集めた展覧会があったときも、ここまでではなかった気がする。 僕がフェルメールの名前を知ったのは、浅田…

ムンクの黄色い丸太

仕事が終わってから、金曜の午後の上野公園にいく。フェルメール展の入場予約時間にまでしばらくあるので、東京都美術館のムンク展をのぞいてみることに。 ムンクは、西洋美術館で大きな展覧会を観た記憶があたらしい。その時は、ムンクの絵が塗り残しがある…

あっこさんの宿題

ちかごろは、宿題だらけの世の中だ。 職場の近くのカレー屋さんで、地元の知り合いとランチを食べる。店はアジア風の雑貨屋さんのようで、壁には様々な絵が描かれている。知り合いの行きつけだから入ったが、ふつうなら敷居が高い。 最近何周年かのイベント…

営業所のち美術館

僕は学校を出てから、ある生命保険会社に就職した。配属先はある地方都市の支店で、管轄の地域にいくつかの営業所をもっていた。 業界の中堅どころで働いてみて初めて気づくのは、やはり業界大手の会社との、規模や知名度や商品の内容についての格差である。…

宮田さんの宿題

宮田さんはケーキをとりわけると顔を上げて、それじゃあなたに宿題を出します、と言い出した。僕が、こんど一人でゆっくり話に来ますと言ったからだろう。宮田さんからの宿題はこんな内容だった。 明治に入って、西洋の美術が入ってきて、遠近法等の様々な技…

「美 つなぐ 香椎宮」展 2018

神社という場所に関心があるので、そこで現代美術にどんなことができるのか、期待があって出かけてみた。しかし思った以上に現代美術の作品が無力な印象を受けた。ちょっと残念だった。 勅使館という施設の座敷や庭園という閉ざされた空間の中で展示されてい…

『感性は感動しない』 椹木野衣 2018

以前、現代美術が専門の知人に、美術の批評家で誰が面白いかを聞いたら、椹木野衣(さわらぎのい)の名前を教えてくれた。新聞の書評を意識して読むようにすると、なるほど彼の書く文章は、平易に書かれているにもかかわらず、解像度が他の書き手とはワンラ…

「塩を編む」 渭東節江 (糸島国際芸術祭2018)

一年前に、八幡の古い木造市場を舞台に行われた現代美術展で、渭東さんの作品を観た。築後70年が経つ市場は、そのままで人々の歴史がしみ込んだ魅力的な環境だ。美術家たちは、その雑多なイメージを上手く取り込んだり、お店の歴史を引用したりしながら、…

「つりびとのゆめ」 鈴木淳 (糸島国際芸術祭2018)

大井川歩きを始めてから、身近な里山の中へ足を伸ばすようになった。目標は、山頂にまつられたホコラや古墳などである。足を踏み入れて、想像したこともない異世界が身近にあることに驚いた。そもそも里山の入り口はわかりにくいし、正式な山道でもないから…

ある美術家の生涯

ある美術家の回顧展を公立美術館に観に行く。 1960年代末には、既存の表現や制度を「粉砕」して、グループで「ハプニング」と称する過激な実践を繰り返すが、逮捕され、孤立する。この時代は、ビラやポスターや写真等の資料展示で、いわゆる作品はない。 1…

「まつのひと」 鈴木淳 2018(第13回津屋崎現代美術展)

旧玉乃井旅館での現代美術展を、黄金週間で帰省中の長男とのぞいてみる。駆け足で観るなかで、鈴木淳さんの作品が心をとらえた。 鈴木さんは以前、神社を舞台にしたプロジェクトで、石柱などに刻まれた寄進者の名前から、その人のことを調べて、その場に掲示…

中村宏の「天国と地獄」

たまった新聞をめくっていたら、いきなり中村宏の名前と見慣れたタッチの絵が目に飛び込んできて、驚いた。本当に久しぶりに彼の画集を開いたばかりの時だったので。まさか、こんな形で彼の具象画の新作を見ることができるとは思わなかった。少していねいに…

ヴラマンクの落日

20年ばかり前、松岡美術館の収蔵品によるフランス絵画展で、ヴラマンク(1876-1958)の絵を何枚か見た。その中に、とても気に入った一枚があった。夕闇が迫る林のむこうで、赤い太陽が沈みかけている。夕陽はかろうじて林の中にも届き、うねうねと伸びる木…

ターナーの水鳥

知り合いの教師からこんな話を聞いたことがある。大学の付属小学校に勤務していたとき、ベテラン教員から教えられた話だという。若いころ、一生懸命に準備して研究授業を行った。その講評の際、いきなり授業の中身でなく、校庭にどんな鳥が来ているか、と尋…

槻田アンデパンダンー私たちのスクラップ&ビルド展 2017

僕の住む町から遠くない工業都市では、古い木造の市場を見かけることができる。アーケードのかかった商店街ではなくて、入口には市場の名称を掲げた木造校舎みたいな大きな構えの建物の中に、細い路地のように通路が走り、いろいろな店が並んでいる。今のシ…

曜変

国宝曜変天目の再現にいどむ陶芸家の姿が忘れがたい。 テレビドキュメンタリーで、彼は、苦しくて仕方がない、とつぶやく。 それは、彼にとって作陶が目的でなく手段になってしまっているからだろう。完全な曜変の輝きを捕まえるための。