大井川通信

大井川あたりの事ども

大井川歩き(歩く方法論)

『日和下駄』(永井荷風 1915)を読み直す

大井川歩きをまとめようと思って、永井荷風を読み返す。近代文学の作家で、僕の外歩きの導き手になるのは永井荷風と国木田独歩だろう。 『日和下駄』は荷風の街歩きの方法論と実践とか凝縮されていて圧巻だ。まず、荷風は東京市中の散歩を、「生まれてから今…

大井川歩きと水系をめぐって

矢野智徳さんの話を聞いたことをきっかけにして、年来の課題だった「水系」の問題を掘り下げてみたいと思う。とりあえず、吉田さんとの勉強会用に、現在までの関心の広がりを過去のブログ記事を抜粋することでレジュメにしてみた。 《要点メモ》 ・大井川歩…

隣近所をどう体験するか

月一回の吉田さんとの勉強会では、お互いの成育歴について振り返りつつ自他の違いについて理解を深めることが多い。お互いががかなり違う環境で育ったので、この作業がとても面白く、有意義だ。 ただ、この話題の面白さと豊富さでは、僕は吉田さんの足元にも…

フィールドノートに通し番号をつける

大井川歩きを本格的に再開するにあたって、以前の聞き取りや調査の資料を整理する必要がある。というと大げさだが、手元には聞き取りなどのときに使った手帳といくらかの資料がたまっているだけだ。 僕は、整理能力も編集能力も、およそ様々な能力と気力に欠…

大井川歩きへの決意

新年度初めて大井を歩く。退職前のあわただしさで、ゆっくり歩く機会もなかったのだ。十日ばかりまえに打撲した太ももはまだ痛いし、曇り空の天候も今一つだが、生活が一新したため新鮮な気分だ。 ムラの賢人原田さんの納屋改めギャラリーによると、新しく出…

人はなぜ歩くのか

車の運転中、JRをまたぐ陸橋の車道の上からながめる景色に違和感をもった。陸橋の上からは、タグマの古い町並みが見渡せる。迷路のように入り組んでいるが、昔栄えた町らしく大きなお屋敷が並び、神社や小学校や造り酒屋があったりする。 その造り酒屋のレン…

大井で『武蔵野』を読む

大井貯水池の脇の公園で知人と待ち合わせている間に、ベンチで国木田独歩の『武蔵野』を読んだ。自分の生まれ育った武蔵野は、中学の頃からまち歩きをおこなった原点の土地だ。そのわりにこの高名な小説をちゃんと検討したことはない。 いざ読んでみると、独…

小ネタが尽きると、あっという間に地域は衰退する

新聞連載の「折々のことば」に紹介されていた、玄田有史と荒木一男の言葉。「人口が減っても、地域は簡単になくならない。だが、」のあとに表題の言葉が続く。 鷲田清一の解説はこうだ。 「東大社会科学研究所で〈危機対応学〉プロジェクトを推進した二人は…

僕の道くさ地図(その3)

僕の実家の地図と、今の自宅の地図。それぞれ家を中心にして、1キロ、2キロ、3キロの同心円を描いた二枚の「道くさ地図」を比較すると、いろいろなことが見えてくる。 半径1キロ圏内が、通常の徒歩圏内で日常的な生活圏だ。実家では、小中学校、JRの駅、公園…

僕の道くさ地図(その2)

実家の地図と、今の家の地図。この二つの二万五千分の一の地図をクリアファイルの表裏で比較すると、いろいろな面白いことに気づく。 意外だったのは、二つのまちが良く似ているということだった。東京郊外と九州の田舎という見た目の差異を超えて、地域の構…

僕の道くさ地図

子どもの道くさにかんする本を読んで、あらためて子どもと地域との濃密な関係について考えさせられた。本は、通学路に関する調査だ。それが単に通学のための手段ではなく、子どもにとって目的そのものといっていい体験の場所であることが描かれている。しか…

『歩いて読みとく地域デザイン』 山納洋 2019

著者は「まち観察企画」というワークショップを主宰している。参加者は特定のまちを90分間自由に歩いて、再集合したあとそれぞれの見聞をシェアするというものだ。案内しないまち歩きであり、自分で観察し発見するまち歩きであるといえる。 本書では、まち歩…

近所は宇宙だ

近ごろ、ネットのコマーシャルでこのキャッチコピーをよく見かける。 コロナ禍で、観光業は、マイクロツーリズムという近場への観光に活路を見出そうとしている。同様に飲食業も、近場での需要の喚起をねらっているのだろうか。コマーシャルの内容は、ネット…

犬も歩けば棒に当たる

小雨の中、午後から住宅街の丘を降りる。子犬を連れたお年寄りと行き違う。猫を飼うようになってから、小動物が可愛くてしようがないので声をかけると、ボストンテリアとのこと。ブルドックじゃないのか。 久し振りに村チャコに行くと、村の賢者原田さんと助…

論理的ということ(その7:作文と大井川歩き)

日本人が例外的に論理性を身につけるための、ほとんど無意識に行われている方法について書いてきた。今回の発見はこれだけなのだが、ここで終わってしまっては、僕の作文らしくないだろう。 獲得したものは、失われていく。どんなに論理を誇った人も、やがて…

作文的思考と玉乃井プロジェクト

僕の作文にとって、大きな転機となったのは、玉乃井プロジェクトの経験だった。それまでの僕は、本や思想家について書いたり、運動に対するイデオロギー批判を書いたりするだけで、いわばプロの批評家の真似事をしていることが多かった。 若い間は勢いで書い…

僕が『歩く』ときには

では、僕が今日、どんなふうに歩いたかを振り返ってみる。 用事から家に戻ったときには夕方で、暗くなるまで一時間もない時だった。それでも歩こうと思ったのは、ちょっとした当てがあったからだ。 昨日昼間、家の近所を車で通りかかったときに、道路わきの…

『歩く』は『食べる』に匹敵するほど『生きること』に通じている

村瀬孝生さんの『ぼけてもいいよ』からの言葉。 93歳を迎えたトメさんは、実際は数十キロも離れたところにある自宅に帰ろうとして、不自由な身体をおして出発する。わずかの距離を30分かけて歩いて、力尽きてすわりこむ。村瀬さんは、そんな彼女の「歩く」に…

僕は自分の方法をもっと信じなければいけない

妻が20年ばかり通っている彫金教室を、猫を連れて訪ねる。マンションの一室の工房を先生が改装したので、そのお披露目の会があるのだ。猫との外出は初めてなので、エサやらトイレの砂やらを車に持ち込む。こんなふうにあれこれ気を使うのは、子どもが赤ちゃ…

語り部として

年末のファミレスで、友人と4時間ばかり議論をする。経験やフィールドは違っているけれども、なぜか問題意識や感覚がそっくりな友人なので、ずいぶんと頭の中が整理できた。 僕はある旧村の里山に開発された団地に転居してきた。土地とのかかわりは偶然だっ…

自分が歩く範囲に責任をもつ

自宅から、歩いて帰れる範囲を自分のフィールドとする。フィールド内の自然も歴史も出来事も、全て自分の責任の範囲内と考える。 これが、僕の大井川歩きの原則である。それなりの経緯があってたどり着いた方法論なので、自分なりには確信があるから、機会が…

トボトボと歩いてきた自分の中の道を大切にする

昔の手帳の欄外に、メモしていた言葉。鶴見俊輔の言葉なのは間違いないが、今では本の題名もわからないので、確認することはできない。 トボトボと歩いてきて、そして今も歩き続けている道。それは一本道ではなくて、たくさんの分かれ道や寄り道を、突当りや…

ムジナが落とした物語がひょっこり別所に届けられる(貉の生態研究⑥)

【物語の誤配/交配】 大井村の力丸家の由来を描いた絵本「大井始まった山伏」は、その唯一の伝承者睦子さんの病床に届けることができた。枕元で絵本を読み上げると、苦しい息の下で、物語の展開の創作に喜んでいただける。 平知様の物語は、紙芝居となって…

ムジナの霊が現れて今いるムジナに舞いを教える(貉の生態研究⑤)

【身振りの模倣】 70年以上前、大井の村人がおこなったという戦勝祈願にならって、古式にのっとり(この時ばかりは)自転車に乗って、和歌神社、摩利支天、宮地嶽神社、金毘羅様、田島様と「五社参り」を敢行する。 かつての木剣の代わりに「木の根」が献納…

ムジナが物語をくわえて方々に走り出す(貉の生態研究④)

【虚構の介入】 かつて北九州枝光での演劇ワークショップで、演出家の多田淳之介さんは、参加者に地元の事物をネタに寸劇を作らせて、それを実際に上演することで、鮮やかに「虚構」を地域の歴史につなげてみせた。自ら何年も枝光の盆踊りに飛入り参加し続け…

ムジナがうろつく土地が意味にみちてくる(貉の生態研究③)

【フィールドの情報化】 寺社やホコラ、ため池、アパートなど土地のさまざまなモノは、それぞれの歴史をもつ。それぞれの歴史は、それに立ち会う生き証人をもつ。あるいは多少の記録をもつ。町角やあぜ道でよろよろと歩きながら登場するお年寄りたちは、個人…

夜ごと少女のようにムジナが手記をしたためる(貉の生態研究②)

【妄想による通信】 まずは歩きながら観察したものや体験した出来事などを、大井川通信という短いレポートにまとめて、遠方の知人あてにせっせと郵送することにした。すると、土地にはりつくように歩いている自分の姿を、いくらかでも客観視できるようになっ…

ムジナが町と山野をうろつき回る(貉の生態研究①)

【歩行の開始】 地元で歩き始めたばかりのとき、地域を一方的に観察する側に立つのはおかしい、という批判を受けた。それは観察対象からの収奪につながり、その土地に生きる人たちに受け入れられることはないだろうと。 その時は、自宅から歩いて行って帰る…

再び路上へ

台風のあと、梅雨前線による大雨が降り、朝晩は肌寒さを感じるような日が続いた。今朝は久しぶりに晴れ上がり、気温も上がるという予報だったので、日差しが強くなる前に家を出た。この夏初めてのクマゼミの声が聞こえる。 よく、ストリートだとか、路上だと…

訪問とお参り

大学卒業後、初めに就職した会社でのこと。今なら「朝活」とでもいうのだろうか、支店長が部下を集めて、ホテルの一室で朝食を食べながら、勉強会のようなもの開いていた。営業のたたき上げだった支店長は、自分の体験を交えて面白おかしく営業の「極意」を…