大井川通信

大井川あたりの事ども

2018-12-01から1ヶ月間の記事一覧

『年末の一日』と佐藤泰正先生

芥川龍之介に『年末の一日』という短編があって、この時期になると読み返したくなる。自死の前年の1926年に発表された私小説風の小品だ。 新年の文芸雑誌の原稿をどうにか仕上げてお昼近くに目覚めた芥川は、知り合いの新聞記者とともに、没後9年になる漱石…

こんな夢をみた(出オチ)

大きな校舎のような建物だった。僕はある課題を与えられた。一つの部屋に様々な小道具が置かれている。それを自由に使って、別室で待つ人たちの前で、何か面白いことを演じないといけない。 初めは少し複雑な設定を考えていたのだが、直前になってそれを取り…

語り部として

年末のファミレスで、友人と4時間ばかり議論をする。経験やフィールドは違っているけれども、なぜか問題意識や感覚がそっくりな友人なので、ずいぶんと頭の中が整理できた。 僕はある旧村の里山に開発された団地に転居してきた。土地とのかかわりは偶然だっ…

新年の抱負

数年前、地域の自治会長を引き受けてしまったときのことだ。自治会長は毎月、役員さんたちと各組の組長さんたちを集めて、公民館で会議を開く。その前年、組長としてその会議に参加して、一言の発言の機会もなく、役員さんたちのだらだらと続く議論を聞くの…

森で招く赤い人影の恐怖

毎日、通勤の車で森の中の道を走っている。道の両側の草が刈られたので、森の中が見とおせるようになった。暗い森では、雑草も茂らないのだ。 12月も半ばを過ぎて、森の中のあちこちに赤い人影のようなものが立ちすくんでいるのに気づいた。暗い森の中で、…

フェルメールの部屋

いつの間にか、フェルメール(1632-1675)が大人気で、展覧会のチケットに日時指定があるのには驚いた。10年前に、やはり上野でフェルメールの作品を集めた展覧会があったときも、ここまでではなかった気がする。 僕がフェルメールの名前を知ったのは、浅田…

『キッチン』その後

『キッチン』の読書会のあと、「真顔でケンカをうっているみたいだった」と言う人がいた。この作品が好きで課題図書に押した人の意見を全否定しているみたいに取られたのだろう。自分としては根拠を示して批判したつもりだが、反省してみれば、そういう発想…

ムンクの黄色い丸太

仕事が終わってから、金曜の午後の上野公園にいく。フェルメール展の入場予約時間にまでしばらくあるので、東京都美術館のムンク展をのぞいてみることに。 ムンクは、西洋美術館で大きな展覧会を観た記憶があたらしい。その時は、ムンクの絵が塗り残しがある…

詩集『錦繡植物園』 中島真悠子 2013

5年ばかり前、新聞の夕刊に彼女の詩が載っていた。新聞で詩を読む機会はめったにないのだが、そのときは読んでとても気に入った。それで、大きな書店まで彼女の詩集を買いに行った。 詩集は、気楽に読み通したりできない。買ったばかりで何篇かめくってみた…

にゃんにゃんの日

壁塗りの職人さんから、イヤホン越しに呼び出される。仕事の話かと思ったら、家の前の側溝の中から猫の鳴き声が聞こえるという。住宅街の側溝は、コンクリートで蓋をされており、ところどころ鉄柵がはめてある。鉄柵のはずし方がわかれば、助けたいとのこと…

古本市の大井川書店店主

津屋崎の旧玉乃井旅館でのトロ箱古本市に、昨年に引き続き出品する。津屋崎の漁港では、魚を入れるトロ箱が並んでいる。「一箱古本市」をもじった命名だ。 今回は勤務で会場には行けないので、文字通り小さなビニールケース一箱だけの参加となった。今回は、…

『キッチン』 吉本ばなな 1987

読書会の課題図書。近来稀な不思議な読書体験だった。微妙に違う方向を向いたセリフやふるまいが並ぶため、イメージがハレーションを起こし、どの登場人物も生きた人間としてリアルな像を結ばない。たとえば、祖母の死という決定的な出来事の受け取り方でも…

試練はつづくよ どこまでも

今年の3月には左ひざ、8月には右足首を痛めて、整形外科に駆け込んだ。軽いぎっくり腰や首のねちがえで整骨院に頼るのは定期的なことだが、足の痛みで歩けなくなるのは今までなかった気がする。 10日ばかり前に数日間集中的に歩いたあとに同じ左ひざが痛く…

尾畠春夫さんのこと

山口県の周防大島で行方不明の二歳児を単身発見したことから名をあげた「スーパーボランティア」尾畠さんのインタビューを読んだ。 尾畠さんの経歴や考え方に触れると、かろうじて理解や共感はできるけれども、及び難いというか、別の世界の人間であり出来事…

筑豊富士再訪

免許の更新で筑豊の運転免許試験場に出かける。筑豊の象徴ともいえる三連のボタ山(別名筑豊富士)のすぐ近くだ。講習の待ち時間が一時間ばかりあるので、気ままに歩くことにした。 遠目には見てきたが、実際にふもとを歩くのは、初訪以来10年ぶりくらいにな…

「宗像SCAN」(主催M.M.S.T.)を観る

日本と韓国の演出家と役者を地元に滞在させて、地域を題材にした演劇作品を制作上演してもらう、という企画を観ることができた。こんな企画が自分のフィールド内で行われること自体おどろきで、ありがたい。 もちろん規模や内容において制約や限界があるのは…

詩の朗読会にて

すでに英文で三冊の詩集をもち、今春初めて日本語の詩集を出す髙野吾朗さんの出版祝賀会を兼ねた詩の朗読会に参加する。出版元の花乱社の一室に詩人の声が多様に響き渡るすばらしい会だった。僕も以下の文章を持参して、祝意を示した。表題は、「髙野吾朗さ…

『ことばと文化』 鈴木孝夫 1973

こうした良質な日本語研究の本(といっても僕が手に取るのは入門書の類だが)を読むたびに、いつも感じることがある。 まず、自分が当たり前に使っている日本語の構造や特色について、まったく目からうろこが落ちるような思いをさせられるということ。つぎに…

詩集「富士山」 草野心平 1966

中学校時代の国語教師は、頑固な初老の先生で、たいぶ鍛えられた。教科書の予習では、国語辞典で調べて新出の熟語の意味をノートに書きだしてこないといけない。生徒たちの辞書の出版社はバラバラだから、これは新潮や三省堂ではどんな説明だったの?とか尋…

橋の保存について

富岡八幡宮の近くに、明治11年に架けられた国産第一号の鉄橋である八幡橋(旧弾正橋)が保存されている。昭和4年に八幡宮に近い場所に架け替えられて、改称されたそうだ。長さ15メートルで、幅2メートルほどの小さな人道橋である。 人通りの少ない遊歩道…

小石川家族殺傷事件(事件の現場8)

今から10年前の2008年に、東京小石川の印刷所で、凄惨な事件が起こった。社長の男が、経営の行き詰まりから、創業者である父親と母親、自分の妻を殺し、現場を目撃して逃げた長女以外の二人の子どもに重症を負わせたという無理心中事件である。本人は自殺を…

三億円事件から50年(事件の現場7)

三億円事件発生から、今日でちょうど50年だそうだ。 僕はずっと以前から、事件現場に足を向ける趣味があって、オウム事件の時は、上九一色村のサティアンを見にいったりした。実は今回の東京出張でも、五つの美術館とともに二つの事件現場をはしごした。何気…

鬼女が刀を振り回して橋を渡る(事件の現場6)

東京深川の富岡八幡宮にお参りした。昨年の12月7日に、現宮司の姉が元宮司である弟に刺殺されるという事件が起きた場所である。犯人である元宮司夫婦が、神社を解任された後5年ほど住んでいたのが、僕と同じ市内の近隣の住宅街だったことは前に書いた。 事…

自分が歩く範囲に責任をもつ

自宅から、歩いて帰れる範囲を自分のフィールドとする。フィールド内の自然も歴史も出来事も、全て自分の責任の範囲内と考える。 これが、僕の大井川歩きの原則である。それなりの経緯があってたどり着いた方法論なので、自分なりには確信があるから、機会が…

この枝、めっちゃ枝してる

子どもたちのグループと山道を歩いている時、中学二年生の男の子が突然、足元の枝を拾い上げて、叫んだ言葉。じゃり道では、小石を拾って、「この石、めっちゃ石してる!」とも。その言い方が学校で流行っているのかと聞くと、自分だけだという。手にした枝…

写真家藤原新也の話を聞く

世界遺産沖ノ島の写真展で、神社の宝物館に藤原新也が来館した。僕には、1983年の『東京漂流』のベストセラーで懐かしい名前。トークイベントでの藤原さんは、小柄でお洒落な老人といった風情だ。 古代人は眼で決めていたはずだから、写真家と共通している。…

『夕陽に赤い帆』 清水哲男詩集 1994

ネットで、好きな詩人清水昶の箱入りの詩集を買った。40年近く前の詩集だけれども、ほとんど読んだ形跡がないほど真新しい本が届いて、歓喜した。かつて亡くなった知り合いの古本屋さんで、買おうとして他の客に先を越されて悔しい思いをした本だ。 駅ビルで…

ぼろぼろのイシガケチョウ

虫たちには厳しい季節がやってきた。林のジョロウグモの数もみるみる減って、主人のいなくなった巣を見かけるようになった。 自宅のカーポートの白い柱の根元に、見慣れない蝶か蛾のようなものが止まっている。止まっている、というか貼りついている。蝶か蛾…

『九州男児劇 せなに泣く』 田上豊 作・演出 2018

2時間以上の芝居だったけれども、飽きることなく最後まで楽しむことができた。観劇後の満足感からも、とても上質な舞台だったのは間違いない。台本も役者も演出も、さまざまな面で水準を満たしているのは、素人の僕でもわかる。ただ面白い舞台と言うだけで…

イソシギと赤い実

日曜日の晴れた朝、久しぶりに大井川べりを歩く。狭い川底に、おしりを上限に振りながら歩いている地味な鳥がいる。尾羽は短く、まるっこい。イソシギだ。何年も前からこのあたりで見かける。 小さな橋を渡って、村の賢人原田さんの住まう古民家カフェへ。賢…