大井川通信

大井川あたりの事ども

現代文学

『怠惰の美徳』 梅崎春生 2018

近年編集された中公文庫のエッセイ及び短編集。梅崎春生(1915-1965)を読むのは、これで2冊目になる。2冊読んで、ようやく作家の特徴と人となりをつかむことができた。小説集一冊では、フワフワしたつかみどころのない感じだったのだ。確かに面白い短編…

『飛ぶ男』 安部公房 1994 

安部公房(1924‐1993)の没後、フロッピーディスクに遺されていた作品で、生誕100年に合わせて、データに忠実な形で文庫化したものらしい。 『他人の顔』の文庫本解説で大江健三郎が、安部は短編の名手だが、長編になるとバランスの悪いものを書きがちである…

『他人の顔』 安部公房 1964

いくつかの手記で構成されている小説という形式のためもあるのだろうが、主人公の男の自分語りがえんえんと続く。理系らしいモノのディテールの対するこだわりと、際限のない論理癖。系統的に読んでいるわけではないから確かには言えないが、安部公房の後期…

『ハンチバック』 市川沙央 2023

読書会の課題図書だが、100頁にも満たない作品だから、ブックカフェで読み切ってしまい、購入しなかった。もともと、こうした芥川賞受賞の話題作を読むのは苦手で、読書会への参加にも後ろ向きになっていたところだった。 ところが、そういう悪意の先入観を…

『流浪の月』 凪良ゆう 2019

地元でビブリオバトルを開催するグループで、少人数でオンライン読書会をしてみようという提案があり、経験者の僕がとりあえず運営や司会を担当することになった。課題図書はやはり読みたい本がいいだろうと希望を聞くと、この本の名前がまっさきにあがった…

『懲役人の告発』 椎名麟三 1969

旅先の古書店の100円の棚で見つける。外箱を外せば本自体の状態は悪くない。ページ数も手頃。旅の終わりには読み切ってしまった。 僕は椎名麟三(1911-1973)の小説は、これまで面白く読み継いできたが、この作品は初めて失敗作ではないかという気がした。…

『古都』 川端康成 1962

京都の名所旧跡と年中行事に彩られた作品。読書会の課題図書として、初めて川端康成(1899-1972)を読んだ。 読みながら、僕は何回くらい京都に行ったことがあるのか、ふと気になった。中学生の修学旅行が初めての京都で、その10年後帰省の途中に車で町を巡…

自由忌に椎名麟三を読む

今日は、椎名麟三(1911-1973)の忌日。ネットで調べると、「邂逅忌」とも「自由忌」とも言うようだが、「自由忌」の方がいいと思う。彼が若い頃に勤めた山陽電鉄にある文学碑には、「考えて見れば人間の自由が僕の一生の課題であるらしい」という自伝小説…

『ゆるキャラの恐怖』 奥泉光 2019

奥泉光のクワコーものの最新刊が文庫化されていたので、購入して読んでみた。軽い読み物を楽しめたらと思ったのだが、残念ながら今回もクワコ―が主人公のドタバタ喜劇(ライトノベル?)は、僕には楽しめなかった。 『モダールな事象』における桑潟幸一助教…

目羅博士 vs.『幽霊たち』

『幽霊たち』は、ポール・オースター(1947-)の1986年の作品。 昨年末から、自分の読書を、評論、詩歌、絵本、日本文学、外国文学、ノンフィクションの6分野で意識的に回していこうと思いついた。もともとはほとんど評論専門だったが、この5年くらいの間…

ビブリオバトル・プレゼン原稿(村田沙耶香編)

【導入:作家の講演会】 みなさんは、小説家の講演会に参加したことはありますか? 今では、テレビやネットで作家の話を聞くことができますが、遠目でも実際に姿を見て肉声を聞くのはいいものですよね。 僕は、7月に知り合いに誘われて、西南学院大学で、芥…

『田宮虎彦作品集第3巻』を読む

第5巻では、人物の一生をコンパクトに折りたたんで提示する技に冴えを見せていた田宮だが、この巻では、作者に近い人物の学生時代の日々を、引き延ばしてスローモーションで見せるかのように描いている。 私小説風の連作短編は、前作の設定を再度説明しなが…

『田宮虎彦作品集 第5巻』を読む

ネットオークションで、状態のいい作品集全6巻を安価で手にいれたものの、今までの僕ならそのまま書庫にお蔵入りになってしまうところだ。いつか読むというのが言い訳だったけれど、人生のタイムリミットが見えてきた感のある今では、それは通用しない。 幸…

古書『深尾正治の手記』の諸短編を読む

椎名麟三は、僕に新鮮な読書体験を与えてくれる作家だ。古本屋で投げ売りされているような日本文学全集の一巻を初めて読み切ったのは椎名だったし、戦後初期のシミだらけの古本で小説を読んだのも、この本が初めてだった。新刊が流通していないのが原因だが…

そうだ田宮虎彦を読もう!

ネット記事で、半世紀も前の『群像』(1974年1月号)に「批評家33氏による戦後文学10選」というアンケート特集があったのを知った。敗戦後30年弱。戦後文学をめぐる論争がまだ熱を帯びていた時代だ。 残念ながらネットでは全員分ではなく、その三分の二…

『深尾正治の手記』 椎名麟三 1948

敗戦後わずか二年半で出版された古い作品集で、この中編小説を読む。どのページにもシミが広がっているが、紙質が悪くとも製本だけはしっかりしていて、読むことに問題なかった。 僕は本に関しては比較的潔癖で、少しでも汚れた古本を買ったりすることはない…

『仮面の告白』 三島由紀夫 1949

三島の自選短編集を読書会の課題図書で読んだのだが、どこにもひっかかるところがなく、付せんも貼れなかった。小説でもこんなことは珍しい。これでは読書会でしゃべることがない。 それで大慌てで、手持ちの『仮面の告白』を読んでみた。こちらは面白く、付…

『花ざかりの森・憂国』 三島由紀夫 1968

新潮文庫に入っている自選短編集。読書会の課題図書で読む。 三島自身の自己解説を読むと、その内容と技術にはかなり得意な様子がうかがえる。また三島自身がその思想や生き方で、さまざまな論点を提示している人だから、読書会での議論も、その論点を取り上…

『夏子の冒険』 三島由紀夫 1951

読書会の課題図書。三島由紀夫(1925-1970)が自死したのが小学校3年生の時で切腹のニュースの衝撃が大きく(当時はまだ天皇を神と仰ぐ風潮が残っていたから)「まともな」作家とは思えずに今までなんとなく敬遠していた。今回初めて読んで、若いのに自制の…

梅崎春生を読む

安部さんと話しているとき、梅崎春生(1915-1965)が話題になった。梅崎は、戦前津屋崎の療養所にいたことがあったという。『蜆(しじみ)』とかいいよね、と安部さん。それで、短編の『蜆』を読むと、なかなか良かった。 古い外套をめぐって、それをもらっ…

『美しい女』 椎名麟三 1955

三年前にブログを始めた時に、これを機会に苦手の小説にとりくもうと思って、まず手に取ったのが、古本屋で200円で買った椎名麟三(1911-1973)のアンソロジーだった。ハンデサイズの文学全集の一冊で、50年前の本だったけれど、ページを開いた形跡がなく、…

『海と毒薬』 遠藤周作 1957

読書会の課題図書で読む。再読。 第一章のエピソードで、勝呂医師の指先に「金属のようにヒヤリとした冷たさ」があったとある。生体解剖事件に関わった冷酷な医師であることを匂わせるうまい伏線だとは思うが、全編すこし図式的に作りこみ過ぎているような気…

予言をめぐって(『第四間氷期』 安部公房 1959)

安部公房(1924-1993)の『第四間氷期』(1959)を読む。 題名から、勝手にスケールの大きくてスマートなSF活劇みたいなものを想像していたのだが、50年代の安部作品らしい、ねちっこい対話で構成された、不気味に歪んだイメージの話だった。 この小説で重要…

『螢川・泥の河』 宮本輝 1977

読書会の課題図書で、宮本輝(1947-)を初めて読む。 『泥の河』は、昭和30年の大阪を舞台にし、『螢川』は、昭和37年の富山を舞台にしている。いずれの作品でも、作者にとって地名と年号を明記することは大切で抜かすことのできないことだったのだろう。戦…

『壁』 安部公房 1951

たぶん高校生の頃読んで、惹きつけられた作品。およそ40ぶりに再読しても、古びた印象はなかった。なにより、終戦後5、6年という時期に、『飢餓同盟』よりも早く書かれていたという事実に驚く。 同時代を舞台にしていながら、近未来的というか、無時間的…

『箱男』 安部公房 1973

学生の頃読んだときは、初期の作品が好きだったこともあって、よくわからないという印象だった。今回は、興味をもって読み通すことができた。 手記やエピソードの断片をつなげた形になっているのだが、読み進めることで、断片が組み合わさって、明確な物語の…

『飢餓同盟』 安部公房 1954

読みながら、違和感を持ち続けていた。「同盟」という政治運動のグループ(党派)の問題を扱っているのだから、おそらく60年代後半の作品とかってに思い込んでいたのだ。それにしては様子が変だ。実際には、終戦後まだ9年という時期に出版された小説だっ…

『人間そっくり』 安部公房 1967

50年ほど前に書かれた本。20年ばかり前に文庫本を買って、そのまま書棚の奥に放置されていた。どういうきっかけで購入したのかまるで覚えていない。おそらくたくさん未読の本とともに、このまま打ち捨てられる運命にあったはずなのに、なぜか読まれてし…